屋久島と礼文島
屋久島と利尻島とは、姉妹島であるらしい。両島とも一島二町であるとかで、結ばれたとか。(屋久島は合併したようですが)おそらくは、百名山の1番と100番との関係もあると思われる。5月に屋久島、6月に利尻島へ行ったので、思うところを書いてみたい。屋久島は種子島とのセットで、利尻島は礼文島とのセットで語られることも多い。種子島へは行かなかったので、分からないが島の大きさで言うと、鹿児島県のコンビのほうが、かなり大きい。屋久島が大陸的であるのに対して、北海道コンビは、離れ島的である。
今回、屋久島と礼文島とを比較したいのは、両島ともに観光島であるという事実である。人口的には、相棒である種子島と利尻島の方が断然多い感じで、その分、屋久島と礼文島は観光が主な産業に思えた。屋久島は、天下の「世界遺産」の島である。従って、ウィークデーでも、猛烈な人が押し寄せている感じがあった。それに比べれば「りしりれぶん」に行ってきます、と話しても、ピンと来ない知人が多かったのも事実で、例の「平成百景」なぞは、世界遺産はなぞっているので、「縄文杉」は入れているが、「りしりれぶん」などは歯牙にもかけていない。屋久島は、それなりに良かった。ただし、あの良さを体験するには、二つの要素が必要だ。一つは、観光的にはきつすぎるほど体力を遣わなければ、真髄の場所へは行けない、ということと、そこで、奇跡的に人のいないような状況がないと、真髄を味わえないだろう、ということ。残念なことだが、日帰りで縄文杉を観光したところで、くたびれた、だけの感想をいだくに違いない。
礼文島は、はっきり行って、歩かなければ真髄を味わえない。前日の団体観光客は、雨で桃岩展望台へ行くのを諦めて、レブンウスユキソウの群生地を見に行ったらしい。しかし、車で群生地に行ったところで、感覚的には、植物園で見るのと、大差がない。雰囲気はそれなりに良いが、ちょっと手元で見にくいのが残念だ。ちょっと歩けば、野生のレブンウスユキソウが、あきれるように咲いているのだが、ちょっぴり歩く必要がある。礼文島の圧倒的に素晴らしいのは、ちょっと歩くと、本当の感動が、どひゃーっと味わえることではないのか。その意味で、礼文島は、本当に素晴らしかった。観光気分で歩いてもそれなりに良いが、もう一息装備をグレードアップして、ほんのちょっとだけ、歩けば、それはそれは感動的な風景が展開しているのが、礼文島だと思った。
今回、屋久島と礼文島とを比較したいのは、両島ともに観光島であるという事実である。人口的には、相棒である種子島と利尻島の方が断然多い感じで、その分、屋久島と礼文島は観光が主な産業に思えた。屋久島は、天下の「世界遺産」の島である。従って、ウィークデーでも、猛烈な人が押し寄せている感じがあった。それに比べれば「りしりれぶん」に行ってきます、と話しても、ピンと来ない知人が多かったのも事実で、例の「平成百景」なぞは、世界遺産はなぞっているので、「縄文杉」は入れているが、「りしりれぶん」などは歯牙にもかけていない。屋久島は、それなりに良かった。ただし、あの良さを体験するには、二つの要素が必要だ。一つは、観光的にはきつすぎるほど体力を遣わなければ、真髄の場所へは行けない、ということと、そこで、奇跡的に人のいないような状況がないと、真髄を味わえないだろう、ということ。残念なことだが、日帰りで縄文杉を観光したところで、くたびれた、だけの感想をいだくに違いない。
礼文島は、はっきり行って、歩かなければ真髄を味わえない。前日の団体観光客は、雨で桃岩展望台へ行くのを諦めて、レブンウスユキソウの群生地を見に行ったらしい。しかし、車で群生地に行ったところで、感覚的には、植物園で見るのと、大差がない。雰囲気はそれなりに良いが、ちょっと手元で見にくいのが残念だ。ちょっと歩けば、野生のレブンウスユキソウが、あきれるように咲いているのだが、ちょっぴり歩く必要がある。礼文島の圧倒的に素晴らしいのは、ちょっと歩くと、本当の感動が、どひゃーっと味わえることではないのか。その意味で、礼文島は、本当に素晴らしかった。観光気分で歩いてもそれなりに良いが、もう一息装備をグレードアップして、ほんのちょっとだけ、歩けば、それはそれは感動的な風景が展開しているのが、礼文島だと思った。
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