靖国問題を考える

 実は、自分は、靖国問題には詳しくない。しかし、昨今のネットの動きは、おそらくはその背景のメディアの影響もあいまって、地球温暖化ぐらいには、少々気になる。アイデンティティ、という言葉がある。当然、日本には日本のアイデンティティというものがあるはずだが、もし明治以降のそれを、日本古来のアイデンティティと、錯覚しているならば、はなはだ危ういアイデンティティと言わざるおえない。できうれば、日本古来からのアイデンティティも大切にしてもらいたいと思う次第である。詳しくは分からないが、この問題は、幾つかポイントがあるようだ。
 ①靖国神社は戊辰戦争以来の、お国のために戦死した人の英霊をお祀りしているらしい。しかし、このような文化は、「入欧」明治国家が、西洋から導入した文化ではなかったのか、という疑問だ。沖縄には、沖縄戦で亡くなったすべての犠牲者の名前を刻んで追悼している、ときいているが。むしろ、これこそが日本古来の、本当の文化ではなかったのか、と思う。それはそれとして、英霊をお祀りすることは、それなりに良いと思う。
 ②靖国神社は、日清・日露戦争あたりから、神社が単なる追悼の施設から顕彰の施設に変わっていったのではないのか、という疑問である。そしてそれを最大限に利用したのが、戦前の軍国日本だったかに思える。ナチスドイツの「ノイエ・ヴァッヘ」は現在、すべての戦争と暴力支配の犠牲者を追悼する施設へと、衣替えしているらしいが、政教分離の日本では、衣替えは難しいと思う。
 ③日本人の大部分は、無神論者で、日本における神社は、宗教と言うよりも、文化に近い存在だと思うが、このあたりの、微妙なニュアンスを、唯一神論者の外国の人に理解してもらうことは、絶望的に難しいような気がする。中国人の生死観は知らないが、どちらにしても、理解してもらうことは困難だ。しかし、外国人には、本来関係はない。
 ④最大の問題は、いわゆるA級戦犯合祀問題だろう。これは、昭和天皇が、合祀以来、一度も靖国へ参らなかった、という事実が一番重いと思う。合祀には、天皇への上奏が必要なはずだし、結果から見て、合祀の手続に瑕疵があったとしか、思えない。(これは、形式ではなく本質的にだ)
 ⑤A級戦犯及び、極東軍事裁判、大東亜戦争への評価は、歴史が下すべきであって、靖国問題とは、切り離して考えたい。これはこれで、論議すべきである。
 ⑥この問題の発端が、あるメディアにあるらしいことは、そうかもしれない。しかし、これをオブラートに包んで、そっとしておくことは、ある意味、罠にはまっている、とも考えられる。この問題は、外国には関係はなく、日本人そのものの問題である。個人的には、せめて明治の初めの頃の精神に則って、普通の英霊にお参りをしたい。
 ⑦うちむきな日本、が心配されている。靖国不参拝を、外国にこびているかのような、矮小化した論議は、本当に情けない。しかし、最大の問題は、これをリードしている、戦争に責任のあったはずのメディアにあるのではないか、と思う。
 ⑧ある意味、中曽根元首相の発言は、正しいと思うが、本質的な問題ではない。
 

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