岡山烏城

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岡山烏城                      2011年11月5日
 岡山城は、どちらかと言えば、庭園の後楽園(日本三名園)の方がビッグネームなので、地味なイメージがある。最初に訪れたのは、40年以上昔のの一人旅の時に、後楽園見学のついでに訪れた。確かに、黒い天守閣、というイメージだけは、昔のイメージと同じだった。その後も、何回か、後楽園へは行ったが、お城を訪ねた記憶はない。今回は、日本100名城スタンプラリーの一環で訪れた。お城の駐車場は、後楽園とは反対側にあった。堀を隔てて、石垣の向こうに櫓と天守閣が見えていた。
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秋なので、ちょっぴり風情を感じる景色になっていた。やがて、再建されたらしい立派な門をくぐると、本丸の広場に出て、烏城といわれる漆黒の天守閣が見え、昔来たことを思い出した。天守閣の特別陳列場というところで「宇喜多三代秘話展」というものをやっていた。岡山城の最初の城主である、宇喜多氏に関する展覧会だった。城主としては、最後の宇喜多家となった秀家が、秀吉(秀家を養子にした)のアドバイスを受けて、造ったらし。しかし、秀家は、関ヶ原で敗将となり、最後は八丈島に流刑になる。次の城主が、何かといわれのある小早川秀秋である。関ヶ原の裏切りは若干二十歳そこそこの時で、岡山城主であること、わずか一年で亡くなってしまった。その後、池田家が城主となり、明治維新を迎えた。天守閣は、戦災で焼けるまで、岡山のシンボルだったようで、コンクリート製の再建は、昭和41年とのことである。天守閣の眺めは、いずこもすばらしいが、ここは眼下に、旭川と後楽園が見えていた。
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昔のイメージと違ったのは、しゃちほこが、金ぴかで、新品に見えたことだった。

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