気仙沼 みちのく旅ボラ祈念紀行⑧

 正午を過ぎて、気仙沼の市街地へ入った。感じとしては、石巻以上に、大変そうな第一印象だった。港の先に、市営駐車場のビルが見えたので、そこへクルマを入れた。有料だった駐車場は、無料駐車場になっていた。何とかスペースを見つけて、クルマを入庫した。
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降りて、仮設商店街があったので、昼食をとることにした。事前の調査では、あさひ鮨で、鱶鰭寿司を食べる予定だったが、見つからなかったので、まぐろ亭の三色まぐろ丼の上を食べた。
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これが、何とも絶品の味だった。甘くて、なめらかで、ご飯がすし飯で、とろけるような美味しさだった。気仙沼は、かつて「港町ブルース」に憧れて、記念写真を撮りに来たことがある。今回は、これを確認するために、古い写真を持ってきた。ほぼ同じ場所と思われる港の景色で、同じポーズをして、記念写真を撮ってみた。時間がたっぷりあったので、再び、同じ商店街に戻り、コーヒーをいただいた。同じ、商店街の方も、コーヒーを飲みに来ていて、持ち込みのマドレーヌをご馳走になってしまった。心優しい、気仙沼の人に、おごってもらって、うれしいやら、申し訳ないやら、だった。確認すると、この商店街の名前は、復興屋台村気仙沼横丁だった。予定では、復興商店街南町紫市場に行くつもりだったので、そちらを探して歩いた。すると、衝撃の景色が待っていた。津波が、家屋を流す、衝撃のシーンを何度も見たが、まさに、蔵の家が斜めに流れ着いた形で、挟まっているのが、見えた。
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ほかの地域では、このような廃墟は、片づけが終わっていると思うのだが、気仙沼は、それだけ、復興が遅れているのだと思った。石巻は、確かに門脇地区の荒廃はすごいが、そのほかの地区は、かなり復旧していた。しかし、気仙沼は、まだ壊れた建物が、街中にゴロゴロあり、まだまだ光明が見えていない感じがした。
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復興商店街南町紫市場は、仮設モールとでもいうぐらいに、大きな商店街で、目指すあさひ鮨はあったが、残念ながら休憩の時間帯だった。ここでは、ささやかな気仙沼グッズを買ってホテルへ向かった。
サンマリン気仙沼ホテル観洋の部屋は、昨日と同じ10階で、気仙沼湾の景色も良かった。
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しかし直下には、取り壊し中のビルがあり、右側には津波の痕が、累々とはっきりと見えていた。寂しかったのは、夜景だった。ここに近代的な街があったとは、とても考えられない暗さだった。このホテルは、まだ仮営業で、期待した露天風呂は、メンテナス中、夕食は学食なみのセルフサービスだった。ただ、考えてみれば、昔はユースホステルという施設があり、全てはセルフサービスだった。もし、宿泊代が、安くなるものならば、部屋のレベルはある程度そのままで、食事や寝具をセルフサービスにするようなリーズナブルホテルが、世の中にあっても良いのではないだろうかと、ふと思った。夜のニュースで、2人の大臣の、問責決議の問題をやっていた。ただ、こうやって、被災の現場を詳しく見ていると、やはり復旧のスピードの遅れが目についた。国会の先生方は、うわべだけの復興を見て、真実の目で震災を見ていないように思う。まだ非常事態なのに、怒りを感じた。

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