たかが絵葉書、されど絵葉書

 大正時代に、絵葉書のブームがあったらしい。骨董市などへ行くと、古めかしい絵葉書があり、買うことはないが、眺めるのは楽しい。子どものころに、兄などが、旅先から買ってきた絵葉書を見るのは、大好きだった。当時は、国内と言えども、はたして、自分がその場所へ、行くことができるかは、なかなか難しい問題のように思われた。その後、日本の国内旅行を楽しむようになって、絵葉書のコレクションが増えたか、というとNOである。そもそも、日本には、絵葉書をバラで売る、という発想が乏しいらしく、バラならば買う可能性があっても、セットの絵葉書ともなると、よほどの、特別な理由がなければ、買わなかった。時代は移り、海外旅行に出かけるようになった。海外は、日本とは違って、自由にバラで売っているので、記念に一枚買うことが多くなった。今も残念に思うのは、フランスのポンド・デュ・ガールへ行ったら、観光そのものは出来たのだが、お店が定休日で、買えなかったことだ。海外は、自分の実力からして、ツアー旅行しか行けないのだが、気の利かない添乗員は、絵葉書を買う時間もくれないことだ。これには本当にがっかりする。
 今回、東北の旅ボラをして、何枚かの絵葉書を買った。絵葉書そのものが、応援グッズになっているものもあり、石巻と、気仙沼と、陸前高田のものを買うことができた。
 絵葉書には、もう一つ、美術展での絵葉書がある。いつも、気に入った作品を購入するのだが、自分が気に入ったものと、売っている絵葉書のミスマッチが多く、いつも残念な思いがする。この度、同じ国立新美術館において、大エルミタージュ展とセザンヌ展をやっていた。ところが、エルミタージュ展が、通常の一枚100円なのに対して、セザンヌ展は、透明のカバーを付けて、一枚150円で売っていた。理由があって高い値段ならば仕方がないのだが、透明のカバーは、家に帰ればゴミになるものだし、そのようなものを付けて、高く売りつける、根性がとても気に入らない。たとえば、銀座でやっていたフェルメール展の絵葉書は、一枚160円だったが、特別な不快感は無かったが、セザンヌ展は、後味が悪かった。

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