米永邦雄著「碁敵が泣いて口惜しがる本」

 昨年の末、米永邦雄氏が亡くなられた。碁界のお隣の方だったが、なかなかユニークな方だった。たまたま、書架を覗いていたら、氏の「碁敵が泣いて口惜しがる本」というものが出てきたので、簡単な紹介をしてみる。もちろん、碁の本ではあるが、人生についてもいくばくか、語られている。メモを紹介してみる。
①初任給で、「御城碁譜」を買った∵一番碁が強かったのが名人になった、芹沢に克つ。将棋の初任給で、碁の本を買う、というのもなかなか破天荒な方だが、その理由は二つあって、一つは、碁でいじめられた芹沢氏に、なんとしてもリベンジしたい、というものだった。もう一つは、将棋の名人は、将棋界で一番碁が強い奴だから、という理由だったらしい。
②人生における厚み⇒おごってやった見返りを期待しない。世話をして、直ぐに見返りを要求する人がいるが、そういう人は、いわゆる浅薄な人なのだろう。米永氏は、その対極にあるらしい。
③酷い目に遭ったという発想の転換⇒日本国に貸しがある。米永家は、結構な名家で、戦後の農地改革で、没落したとのこと。しかし、一切恨まずに、日本国に貸しがあると、考えたらしい。我が家も名家ではないが、同様の運命をたどった。ただし、自分が物心ついたころは、すでに戦前の面影はまったくなかった。
④士官候補生のエチケット⇒上官のバーテーに呼ばれる⇒何かできることは⇒探しでもやる。これは、米国の士官候補生のエチケットの紹介である。手伝うことが何もない、と言われても、必ず探してでもやるのが、エチケットらしい。近頃の若者など、爪の垢を煎じて飲ませたい、エピソードだ。
⑤定石は、挨拶の仕方。将棋では、定跡というらしい。定石を丸暗記するのは、愚の骨頂だが、挨拶の仕方、と考えるのは、なかなか斬新な発想かもしれない。否定も肯定もしないところが、面白い。
⑥分からなくなれば手抜き⇒手抜きは、常に三番以内の着手であるby呉清源。手抜きが有力なことは知っていたが、三番以内の手、というのはやはり斬新な発想。
⑦50手前後の中盤戦では、一線と二線に打ってある石数の少ない方が優勢。これは、純粋に、囲碁の専門的な話題であり、独特の米永説である。
⑧今の学校教育は、学問の追求というよりも、知識をいかに詰め込み、知っているかの学力。彼は、東京都の教育委員を務めていたような気がする。どれだけの提言をしたのか知らないが、日本の教育が、世界水準と、やや違うことは理解できる。
⑨将棋のプロ棋士になる方法⇒答えを見ないで詰将棋を説く。将棋欄で、次の一手を、毎日、自分なりに次の一手を考える真剣に考える。この二つで、プロ棋士になれるそうである。もちろん、碁にも準ずることが出来るかもしれない。とりあえず、後半は、実行してみたい。
⑩信念ある自己流は、信念なき正統に勝る。Byアーノルドパーマー。何事も、猿まねは通用しない、ということかもしれない。自分の頭で考えろ、ということだと思う。
⑪何が一番大切なのか⇒場合によっては、二番目以下は、犠牲して良い。これは、人生論かもしれない。
⑫一国の経済というものは、その時点での花形産業で他国をしのいでいれば良い。これは、現実の日本経済の問題でもある。花形産業はもちろん大事だが、次世代の花形産業は、いっそう大事かもしれない。
⑬碁における辛抱のしどころは、プロのうち碁を並べること。簡単であり、実行が難しいことでもある。
⑭プロは、どうしたら相手の命令にそむいて戦えるかを考えている。これは、⑥と同様のことではある。
⑮「相手の石を、横に行かせるな」「切れるところは、必ず切れ」これは、米永流アドバイス。
⑯「形より筋が優先し、筋より読みが優先」by秀行。これは、知ってはいるのだが。
⑰寄せの勉強⇒ヨセの専門書が良い。これは、買って読むしか方法はない。
⑱悪手は、勝ちを意識した時に出る。魔がさす瞬間とでも言うのだろうが、唾をのみこむ余裕がほしい。

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