ビートルズの街リバプール 英夏麗西紀行⑥

 9月11日(三日目) 天気はどんよりとした曇り空だったが、気温は、若干高く14℃だった。内陸の、空港からリバプールの中心である、港湾地区へ向かった。途中は、英国の中産階級らしい建物が立ち並んでいた。やがて、向こうに海が見えてきた。観光の初めは、Liverpool Cathedralだった(9:00)。どっしりとしているが、高さは100mを越すということで、聖公会(アングリカン・コミニュオン)の聖堂としては、世界最大の建物らしい。
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旅の直前に、司馬遼太郎の「愛蘭紀行Ⅰ」をちょっと、読んできた。リバプールには、イングランド教会と、アイリッシュ系カトリックの二つの大聖堂が、並び立っている、とのことだった。我々が見学したのは、イングランド教会(聖公会)だった。20世紀になってから1904の建物で、構想されたのが、大英帝国の繁栄期だったが、建設の途中で、どうやら、大英帝国が斜陽になっていったらしく、建設には随分と時間がかかった1978年らしい。
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建物としては、新ゴシックなのだろうが、ステンドグラスが現代的で、ほかの装飾も、カトリックほどの、ごてごてした感じはなかった。教会中央部が、レストランのように、グラスがセットされた会場になっていたので、びっくりしたが、これは、何かの行事が、この日の夕刻にあるための、準備のためだったらしい。塔の方は、10:00にならないと登れないとのことで、残念ながら、断念した。13年前の英国旅行では、リバプールは、近くを通りながら、行かなかったので、今回の旅では、バッキンガムの次に、期待していた観光だった。リバプールといえば、学問的には、大英帝国の絶頂期に栄えた港湾都市だが、現在の観光としては、ビートルズの街である。ということで、次の観光は、マシュー・ストリートだった。
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いわゆる、ビートルズ発祥の地で、デビューした時の、ステージなどもあるらしいが、朝早いためなのか、ギフトショップ以外は、ほとんど閉まっていた。
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それでも、街中が、ビートルズだらけなので、俄かビートルズファンとしては、満足した。ちなみに、自分は、ビートルズに対抗して、タートルズ、という名の「しんぶん」を発行していた経緯もあり、好きなアーチストである。街にある、ジョン・レノン様とも、記念写真を撮ってきた。
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最後は、ビートルズ・ストーリーという、ミュージアムへ行った。若かりし頃の、ビートルズの写真などがあり、なかなか面白かった。ただし、見学時間が短いので、要所、要所を見学して、比較的短時間で、回ることができた。
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最後の方には、ジョン・レノンの、「イマジン」のコーナーもあり、ニューヨークの、あの場所を、想いだしてしまった。
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お土産は、CDと、Tシャツと、ピンバッジを買ったが、絵葉書を買うのを、すっかり忘れていた。時間はまだ、たっぷり残っていたので、近くのAlbert Dockを散策した。
港町 秋風しみる リバプール』(ポールやジョンの 生まれ故郷)
川の向こうには、世界遺産である、埠頭などが見えていたが、話では、向こう側から、こちら側の眺めが、素敵だ、との話だった。ここは、大英帝国の栄光の場所であると同時に、大英帝国の、暗部の歴史の場所でもある。ここの一角に、「黒人奴隷のミュージアム」もある、との話だった。この街には「中国城」という名前の、世界最古の中華街もあった。
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昼食のレストランの近くに、路上の果物屋さんが、店開きしていた。その中に、平らな桃があったが、恐らくは、中国から伝わった桃に違いないと、思った。昼食は、まだ、リバプールの、街中のレストランで食べたが、イギリス名物の、ローストビーフだった。お話では、めちゃくちゃ固い肉、との説明だったが、比較的、まともな肉だった。12:30に出発した。途中、一昨日のḾ6を戻った。山際さんが、ビートルズの曲をかけてくれたので、懐かしかった。そして一昨日と同じPAにまた停まり、コーヒーブレイクをした。
秋が征く 「イエスタデイ」を 聴きながら』(ここはイギリス うたた寝もよし)

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