日本カメラ 日本の風景1、2

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 引き続き、昔風ムック本の断捨離である。昭和47年8月特別号とある。1号が「夏から秋」の日本各地の写真と、その撮影地、データなどが載っている。当時は、全国の風景地に行ってみたくて、購入したのだろうけれど、滅多に紐解くことはなかったようにも思う。さすがに、それから40年が経つわけで、ほとんとの風景地には、旅をしていて、行っていなくても、ある程度の風景の予想がたつものも多い。たとえば、日本キャニオンとか、土柱のような景色である。そもそも、40年前といえば、各地にSLヶ走っていた時代であり、人工的な風景は、激変している可能性も高い。というわけで、ほとんどが、断捨離の対象だった。若干のメモだけ、紹介する。
①「広島県山県郡芸北町および戸河内町、八幡高原、田代、横川離村部落の荒廃した風景。(大藤薫)」これなどは、40年前に、すでに荒廃していたわけで、今では自然に戻っているかも、しれない。そもそも、地名も残っていないかもしれない。
②「熊本県宇土市長浜海岸一帯の有明海。有明海特有の潮の干満現象によって作為される干潟のパターンが、狙いどころとなる。(窪田功男)」果たして、今でもみられるのだろうか。
③「自然開発がいっぱんに進むにつれて、美しいわたしたちの日本的風景もしだいにすくなくなってゆく。その少ない自然美のなかでも、奈良飛火野の風景は、とくに私の好きなものである。早朝の人影のないころの日の出、雲、樹木、草原、鹿や鳥などを目にしたときは、生きる者のしあわせを感じるのである。(前塚けんじ)」はたして、今も、この風景は、残っているのだろうか。
④最後に、わが五島列島が、永田功氏の紹介で乗っていた。「五島列島は長崎市の西方100キロの東支那海上にほぼ東北に位置して横たわる。ここはまた日本列島の西極地であり、大陸への最短距離である。
 大小の島々は141をかぞえ、そのうちの島民の常住する島は32で、福江、久賀、奈留、若松、中通の5大島が中心になるが、北方には小値賀、宇久の諸島、そしてはるか南西洋上に男女群島を配す。
 いっぱんには福江、久賀、奈留の3大島とその周辺にある島々を“下五島”といい、中通、若松の2大島とその周辺にある島々を“上五島”という。奈良・平安のむかしから、“みみらくの島”とよばれ、遣唐船の日本最後の泊地であった五島はいまも多くの史跡にめぐまれ、全島いたるところにみられる海洋性景観の素晴らしさが昭和30年西海国立公園として指定された。
 特に玉之浦町の大瀬崎断崖は、全長が20キロ、高さ120~100メートルの大断崖をなし、外洋の荒波がその裾にくだける勇姿はまさに五島の象徴的な景観である。明治13年に建てられた灯台がここにあり、雄大な景観のひとつのアイポイントになっている。
 鬼岳は福江市の南岸に噴出した臼状火山で、山容はゆるやかな斜面をもったアスピーテの典型である。全山が草原で、春は野焼きが行われる。
 嵯峨の島は三井楽町の西方海上4キロにある小さな島だが、全島が溶岩で出来ており、北の男岳と南の女岳の両火山が結合して、ヒョウタンのような形をしている。火口面の内側が海に面し断崖がきわめて珍奇なのである。
 白良ヶ浜、高浜 三井楽湾の東海岸一帯は白良ヶ浜と呼ばれる広い砂浜になっていて、絶好の開会浴場である。干潮時には400メートルにわたり干潟ができる。高浜は、その近くにある美しい入江で、水の美しさは訪れる人々の心を清める。この入江のかなたに沈む夕日の美しさは最高である。
 若松瀬戸は上五島の若松島と中通島の間にある瀬戸であり、典型的な“おぽれ谷”の景観をしめし、両岸が複雑に入り組んだ海岸線と、瀬戸に浮かぶ小さな島々のすがたの調和がまことに美しく、中通島の中央の三王山(標高440メートル)の山頂から俯瞰する眺望はまさに絶景である。
 曽根の赤ダキ 中通島のやや北部にある曽根火山には“赤ダキ”と呼ばれる海蝕崖があり、高さ60メートル余の断崖が全部あざやかな赤色をしていて、カラー撮影むきの被写体として最適といえる」手前味噌で、つい長々と紹介してしまったが、この中の大瀬崎は、映画『悪人』のロケ地であり、高浜は、日本海水浴場百選の一番になった浜である。現在は、世界遺産の候補地として、切支丹の御堂が、有名になりつつあるが、40年前には、まったく触れられていないのが、時代を感じる。

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