宮城の明治村 登米、南三陸 雨ニモマケズ南部秋追い旅⑪

 10月12日(七日目) いよいよ、帰途である。ただし、道中が長いので、この日は福島までの道中の予定である。7:00にホテルの2階で、食事をしたのだが、目の前の景観が、津波が渦巻いた場所であり、後ろの山が昨日聞いた避難された薬師公園だった。交差点の、壊れたままの建物を除けば、普通の景色なのだが、とても、生々しい感じがした。
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7:48に出発して、ひたすらに、南に向かうことにした。途中までは、国道45号線で、8:25に「さんりく」という道の駅に着いた。ここでも、買ボラをして、さらに進むと、すぐに、三陸自動車道へ入った。場所は、大船渡なのだが、きれいな湾と、大船渡の街が、車窓からちらちらと見えるだけだった。応援旅行という趣旨には、程遠い感じだったので、とても歯がゆい感じがした。次の街が、陸前高田である。
 三陸自動車道を山の方から降りて、海岸線に向かったら、見覚えのある景色になった。昨年の春に、一番北上した時の道で、その時は、箱根山という山に登り、はるか向こうの大船渡湾を眺めたのだった。海岸まで降りると、奇跡のガソリンスタンドがあり、さらにその先には、奇跡の一本松が見えていた。
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高田の松原の道の駅は、まだ休業が続いていたのが、痛ましかった。ここから、国道45号は、宮城県に入った。45号線は、海岸沿いを走るのだが、建設中の高速が完成したら、津波の影響が、全く感じられない、内陸部を走るので、数年先のことが、何となく、心配になってきた。実は、気仙沼市を走る国道45号そのものが、かなり内陸部を走るので、昨年訪れた、気仙沼が、どう変化したのか、気になったのだが、そのまま国道を走った。休憩は、国道がまだ海岸部を走る「道の駅大谷海岸」でストップした。着いたのが、9:50で、出発が10:03だったが、気仙沼名物のふかひれスープなど、比較的多めに、買ボラをした。途中の津谷で、登米への標識が現れたが、すぐ南の、南三陸へは、ぜひとも寄りたくて、そのまま、南下した。このルートは、昨年も走ったので、違いも分かるが、印象としては、復興は、まだまだだ、という感じだった。やがて、荒地のような場所に、赤い鉄骨の、見覚えのある建物が見えてきた。南三陸町防災庁舎である。
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保存を検討したが、反対の声があったのと、この場所を、盛り土して、整備するために、解体が決定した、悲しい話題の建物である。この日は、土曜日なので、多くの人が訪れていた。お線香をあげて、二度と、震災がないように、被災者の冥福をお祈りした。特に、ここで、結果的に、自分の命まで捨てて、住民に避難を呼びかけて、亡くなられた、遠藤未稀さんの、冥福を強く祈った。昨年は、周りにも、悲惨な建物があったが、多くは解体されていたのが、昨年とは違う風景だった。防災庁舎も、鉄骨だけが残されていたが、一番に衝撃を受けたのは、非常階段の、手すりのぐにゃぐにゃに曲がった様子だった。正直に言うと、あのぐにゃぐにゃの手すりだけでも、保存できないものだろうか、と感じた。防災庁舎の近くに、きらきら復興商店街があったので、寄ってみた。ここには、チリ政府から贈られたモアイ像があるので、ぜひ寄ってみたかった。被災地で、記念写真は、一度も撮ったことがなかったが、モアイ君は、復興のシンボルなので、初めて、記念写真を撮ってみた。
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南三陸に着いたのは、10:40だったが、そろそろ昼が近づいていたので、少し早めだが、ランチにすることにした。ここまでは、お土産の買ボラが主だったが、ここでは、キラキラ丼という、名物の丼があるので、これで食べボラをすることにした。
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はじめは、わさび醤油をかけて、食べた。後半は、半熟の卵を混ぜて食べたが、最高においしくて、わざわざ、南三陸まで、寄り道した甲斐があった。南三陸には、ちょうど1時間いて、11:40に、登米へ向けて、出発した。内陸部へ進むと、三陸自動車は、登米東和ICまで、伸びていた。ICを一区間だけ走り、12:08に、登米の道の駅である「通山之里」に着いた。見学には、およそ2時間かかる、とのことだったが、福島までの時間を逆算して、1時間半見学することにした。アドバイスでは、先に、懐古館へ登って、街全体を眺めるのが良い、だった。どうやら、城跡だったらしい。懐古館は、大観や玉堂などの日本画や、西郷の書など、いろいろなものがあった。次に、教育資料館を見学した。
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よくある、明治の小学校の建物だが、登米のものは、その中でも、有名なものである。今度は、道路を渡って、水沢県庁記念館を見学した。
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裁判所に使っていた時代も、あったらしい。ここの前が、昔の武家屋敷通りなので、ぶらぶらと、散策してみた。
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中には、角館のような屋敷もあった。警察資料館は、少し離れているのだが、せっかくなので、ぶらぶらと歩いてみることにした。
 登米は「宮城の明治村」と呼ばれているらしい。警察資料館は、そのシンボル的な建物である。
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いわゆる擬様式、と呼ばれる建築で、昔は、消防署や保健所も兼ねていた、との説明だった。奥には、留置場があり、中に入ってみたが、昔は、軽犯罪が多かったらしい。最後に、入り口にある、スカイラインのパトカーに乗せてもらった。サイレンも鳴って、なかなか面白かった。街の一部は、昭和の街のような雰囲気もあり、川越のように、それはそれで観光資源になりそうだが、今のところ、ただの古い建物なので、朽ちていくのが心配である。

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