『晏子』宮城谷昌光著

 『重耳』に続く、春秋時代のシリーズものである。以前にも、『管仲』や『太公望』を読んでいるので、それなりにハマっている感じではある。実は、本を借りてくるのに、長編小説だと、何冊も借りるのが面倒なので、敬遠していたのだ、それなりに面白いので、㊤㊥㊦の三冊を一度に借りてきて、読んだ。
 教科書で、春秋戦国時代、というものを学ぶが、もちろん春秋期と戦国期とに分かれていることは、言うまでもない。一般的に、殷(正しくは、商というべきだと思うのだが、日本では、殷と言わないと、通用しない)王朝から周王朝に渡る時代で、次に秦の統一があるわけだが、最近は、商王朝の前に、夏王朝が存在したことは、確実視されている。古代は、同音であれば、異字を使うことは、普通のことだったようで、夏は華であり、今もって、中国が自国のことを、中華と称しているのは、ふーん、という感じがする。
 春秋時代の超大国は、晋と楚であり、大国が秦と斉だった、という冒頭の記述は、春秋期を知る上で、目からうろこのような、話だった。確かに、漢字一文字だと、国の大きさなどは、感じようがないので、分かりやすい。ちなみに、重耳は、晋の名君で、管仲は斉の名臣、太公望は、周の名臣で、斉の始祖にあたる。ちなみに、斉の名宰相が管仲と晏嬰であり、晏嬰は『晏子』の後半の主人公である。司馬遷は、『史記』の列伝で「伯夷列伝」の次に「管晏列伝」をおいて、重要な位置をしめていることになる。日本(倭)が、中国の史書に登場するのは、はるか後代の漢の時代からであり、めまいを感じるほど、古い時代ではある。春秋時代の歴史は知らなくても「杞憂」であるとか、「宋襄の仁」とか「管鮑の交わり」など、この時代の言葉は、今でも生きて知られているのは、すごいことだと思う。ちなみに「羊頭をかけて狗肉を売る」は、『晏子』の後半の主人公、晏嬰の言葉である。春秋時代の、スーパースターである、孔子と晏嬰は、同時代の人で、孔子が晏嬰の君主である景公に仕官しようとしたが、晏嬰に反対された、という経緯があるそうで、孔子は、管仲や晏嬰には、批判的であるらしい。
 「旅をするから、国というものにとらわれない。その上で、改めて自分の国をふりかえってみると、違ったものが見えてくる」という言葉を、晏嬰の父、晏弱が語るのだが、確かに、海外旅行をすると、改めて日本の良さが分かる、というのは事実だと、つくづく思われる。また、晏弱は、「兵をあげる四つの原則を説く。①国が貧しくてはいけない②必ず勝つ戦いをしなければならない③戦死者をだしてはならない④敵地を得ても、そのことによって国が破れてはならない、というものだが、先の船装などは、どれ一つ達成していないで、開戦しているわけで、はたして、人間は進歩しているのか、と疑ってしまうほどである。「欲というものは充足すると、おのれをほろぼす恐ろしいものにかわる」という言葉は、最近心がけている「身の程」に通じるものがあると、考えている。「利過ぐればすなわち敗をなす」という言葉は、各人が便利さをそれぞれ追い求めると、不便になる、という意味らしいが、世界中の人がこぞって、便利さを求めたら、地球は、確実に滅びるのだろうと、恐ろしくなる。



管子与晏子春秋治国思想比較研究(中国語) (山東省社会科学規劃研究項目文叢)
斉魯書社出版社
邵 先鋒

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