『天空の舟』宮城谷昌光著

 用事あって、ジョイフネホンダへ出向き、ついでにフードコートで、昼食を食べた。昨今の、国際政治の状況に関係があるのかないのか、韓国料理と中国料理は、並びの列が少なかった。それはそれとして、現在の中国料理は、全てのものに火を通すし、かつて苦力として、新大陸などで働いていたチャイニーズは、必ず水を沸かして飲んでいたので、死亡率が低かったらしい。前置きが、やや長くなったが、『天空の舟』によれば、中国古代の貴族は、宗教的な理由で、山肉などを食べることがあり、食あたりの確率が高く、比較的短命だったらしい。『蒼き海狼』によれば、中国も宋代まで、南宋においては、なれ鮨があり、刺身も食べていたそうだから、食生活も、根本的に変化があったと、言うべきかもしれない。
 『天空の舟』は、中国史上、最大の宰相の一人である伊尹が主人公である。宮城谷氏は、このような立場の人物を主人公にした小説を多く、書いている。太公望は、釣り人の異称として有名で、管仲は、名前は知らなかったが、「管鮑の交わり」という言葉で、間接的に知っていた。しかし、伊尹については、恥ずかしながら、まったくの無知だった。ただし、君主の料理人から、宰相の地位に登った人がいたらしい、ことは、何となく聞いたような気がするので、どうやら、その人物が、伊尹であったらしい。三顧の礼といえば、諸葛亮孔明が有名だが、実は、この伊尹のほうが、先輩であるとのこと。古代中国は、夏⇒商(殷)⇒周という王朝の革命があったが、伊尹は、商革命の時に活躍した人物である。料理のことを割烹というが、古代は、動物を割き、烹ることが、料理であり、伊尹の養父が、料理人であったために、牛を割くことから、宮廷にデビューしたらしい。日本には、国益よりは、個人的な信条を優先するような、宰相がいるが、古代において、人民のことを第一に考えた人がいたことは、驚異的でさえある。この伊尹の言葉に「正義も過ぎれば悪になる」という言葉があるが、誰かさんに教えてあげたい言葉だ。ところで、親から子に権力を継承する「人民」の国があるが、古代中国は、「王位は子でなく臣にゆずられた」のが常道だったらしい。これを初めて破ったのが、夏の啓であり、秦の孝公が、臣下の商鞅に後を継げといった、のが、その後の歴史では、稀有なことなのだろう。ちなみに、諸葛亮孔明も、それに近いようなことを言われたような気がする。ところで、現代中国では、土地は国家のものだが、古代の中華全土でも、土地は王や后(諸侯)のものであるという通念があり、庶民はその地を借り、皆で作り分けたらしいのだが、このことが、現代と古代とで、奇妙に符合することが、不気味に感じる。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック