セウォル号と大川小の相似

 ともに、「悲劇」というには「人災」の様相が濃い「事件」だった。共通しているのは、謎の空白の時間があり、この時間に、何かをしていれば、助かったのではないか、と思われるからである。なにぶんにも、引率されていた多くの教員が、亡くなっているので、死者を鞭打つのは、辛いが、それでも、多くの人命を預かっていたのだから、その時のリーダーの責任は、重い。
 現在、宮城谷氏の『楽毅』を読んでいるが、魏の将軍、趙与が部下を一喝するセリフがあった。「よいか、なんじらは、わしが戦死したら、副将の命令をうけるまえに、兵たちに適当な指示をださねばならぬ。つねに万一のことを考え、おのれと配下のいのちを守るために、目と耳をやしなっておかねばならぬ。敵をあなどるな。あなどらず、勇気を失わず、敵にいどむのだ」というものである。この言葉を聞いて、思い出されたのが、杉原千畝の英断であり、今回の福島原発の、吉田所長の行動だった。
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大川小の場合は、リーダーである校長が、初めから戦線離脱(権利としての、休暇は、一人の人間としての権利であるが、リーダーとしては、携帯を切っていたとすれば、戦う前に、敗れていたと考えられる)していた。副将である、教頭は、決断ができず、簡単に言えば、小田原評定をして、結果的に無駄な時間を費やしたことになる。素早く判断して、行動をしていれば、どんな決断でも、最悪よりは、マシな結果だったような気がして、悔やまれる。

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