ブハラⅡ タキバザール、ラビ・ハウズ シルクローど真ん中渦絲(ウズベキスタン)道中記⑤
アルクから、再びバスに乗り、10㎞離れた、離宮(シトライ・モヒ・ホサ)へ行った。100年前に作られた建物群で、ロシアの影響が強いものだが、外観よりも、内部の方が豪華な感じだった。夏の部屋はとても天井が高く、冬の部屋は普通の高さの天井で、中には、コタツの部屋もあった。昔、アルハンブラ宮殿の、外観だけを見てがっかりしたことがあったが、ひょっとして、中に入れば、印象が変わったのかもしれないと思った。最後に、ハレムと推定されている建物を見学した。ヒワのものよりも、小さいという説明だったが、城のスケールだけを見れば、むしろヒワよりも、ブハラの方が国力がありそうに思えたが、実際はどうだったのだろうか。ここから、もう一度市内に戻り、レストランで昼食を取った(12:40)。珍しく、魚の料理だったが、要するに白身魚のフライだった。午後は、レストランから歩いて、タキバザールを歩いた(14:15)。フィルズ氏によれば、バザールというのは、城外にあったもので、外で安く商売したのが起源との説だった。一方で、タキは、城内にあり、意味は丸屋根とのこと。一つ目は素通りして、二つ目のタキへ見学に行った。コウノトリの鋏は、どちらが元祖だったのか知らないが、「地球の歩き方」に載っているお店ではなくて、もう一つの店の鋏を、団体割引17$で買ってしまった。ちなみに、中国製は、5$で売っていたが、使い物にはならない粗悪品だった。タキの一角に、民族楽器の演奏をしている人がいて、昨日バスの車内で聴いた音楽の作曲者、との紹介だった。5$と10$とのCDがあったが、10$のCDを8$に値切って、お土産に買ってきた。ボーランドやチェコで、CDを買ったのが病みつきで、最近は、CDをお土産に買うことが多くなった。もう一つ、このタキの一角で、バッジを売っている店があり、別々の店だが、ブハラのものと、ウズベキスタンのものと、2種類ゲットすることができた。手作りの、粗末な製品で、壊れるのが心配だが、ウズベキスタンらしくて、旅の良い思い出になりそうである。少し離れたミル・アラブ・メドレセは、ウズベキスタンには珍しい、現役のメドレセ、ということで、中には入らず、外側だけの見学だった(15:00)。モスクやメドレセには、必ずミナレットがあるのだが、もともとは、砂漠の灯台のような役割をした、かがり火台というのが、フィルズ氏の説明だった。ここから、三つ目のタキへ向かう途中に、かつてのキャラバンサライの跡を歩いた。ブハラが、シルクロードの中継地だった、証拠みたいなものだったので、ちょっぴり感慨が深かった。最後のタキは、かつては、両替商の一角だったらしいのだが、現在はいろいろな店になっていた。絨毯のリフォームの店が、なかなか面白いと思った。やがて、オアシスらしく泉(ラビ・ハウズ)があり、その畔に存在感のある枯れ木が立っていた。説明によれば、樹齢400年の桑の木、とのことだった。さらに、泉の向こうには、生きた老齢の桑の木があると、との話だった。後ほど、民族舞踊のショーの途中、特別の許可をもらって、この桑の老木を見学に行った。さすがに、何百年も生きてきた桑の木の姿は、神様のようなパワーがあり、今回のシルクロードの旅に来て、初めてびりびりと感じる感激を味わった。ここはブハラの中心であり、チンギスハーン、チムールなどは別としても、多くの旅人がラビ・ハウズ訪れて、この桑の木を眺めたに違いない。
『桑の樹や シルクロードの ど真ん中』(ハウズのそばに 旅人ぞ憩う)
ラビ・ハウズの前には、ナディル・ディベンベキ・メドレセがあった。ここのファサードが面白かった。偶像を禁止しているはずのイスラムの建築に、あるはずのない、太陽やフェニックス、獏のような動物が描かれていて、非常に興味深かった。個人的には、ウズベキスタンに色濃い、ゾロアスター教の影響かと思った。ちなみに、ゾロアスター教は、宗教史上、初めて天国と地獄とを考案したとのフィルズ説だった。このメドレセは、時間を改めて訪れるというので、ここから一度ホテルへ戻った。ホテルでは1時間半ほど休憩して、再びバスに乗ってナディル・ディベンベキ・メドレセへ戻った(18:00)。このメドレセは、もともと、キャラバンサライとして建設されたものを、完成直前にメドレセに転用した建物とのことである。なるほど、見れば見るほどその構造は、キャラバンサライだった。もともと、ウズベキスタンのメドレセは、ほとんどお土産モールみたいなものなので、その意味では、用途に合っていると、言えなくもない。中庭には、簡単なステージがあり、それを囲む形で、レストランの椅子が並んでいた。民族舞踊は、それなりのもので、それ以下でもそれ以上でもないが、どうしてもショーになりきっているので、感動をするほどのものではなかった。合間の、ファッションショーは、後で聞いた話によれば、ロシア系の人が多かったようだ。個人的には、バックの、民族音楽の方が、興味があったが、中国のシルクロードで目にしたのと同じ楽器が、使われていたのが、面白かった。ところで、ショーの方の席の周りにも桑の木が生えていて、白い桑の実が生っているのだが、時々、爆弾のように落ちてきて、びっくりした。桑の木の老樹は、このショーの間に、見学に行かせてもらったのだった。
『桑の樹や シルクロードの ど真ん中』(ハウズのそばに 旅人ぞ憩う)
ラビ・ハウズの前には、ナディル・ディベンベキ・メドレセがあった。ここのファサードが面白かった。偶像を禁止しているはずのイスラムの建築に、あるはずのない、太陽やフェニックス、獏のような動物が描かれていて、非常に興味深かった。個人的には、ウズベキスタンに色濃い、ゾロアスター教の影響かと思った。ちなみに、ゾロアスター教は、宗教史上、初めて天国と地獄とを考案したとのフィルズ説だった。このメドレセは、時間を改めて訪れるというので、ここから一度ホテルへ戻った。ホテルでは1時間半ほど休憩して、再びバスに乗ってナディル・ディベンベキ・メドレセへ戻った(18:00)。このメドレセは、もともと、キャラバンサライとして建設されたものを、完成直前にメドレセに転用した建物とのことである。なるほど、見れば見るほどその構造は、キャラバンサライだった。もともと、ウズベキスタンのメドレセは、ほとんどお土産モールみたいなものなので、その意味では、用途に合っていると、言えなくもない。中庭には、簡単なステージがあり、それを囲む形で、レストランの椅子が並んでいた。民族舞踊は、それなりのもので、それ以下でもそれ以上でもないが、どうしてもショーになりきっているので、感動をするほどのものではなかった。合間の、ファッションショーは、後で聞いた話によれば、ロシア系の人が多かったようだ。個人的には、バックの、民族音楽の方が、興味があったが、中国のシルクロードで目にしたのと同じ楽器が、使われていたのが、面白かった。ところで、ショーの方の席の周りにも桑の木が生えていて、白い桑の実が生っているのだが、時々、爆弾のように落ちてきて、びっくりした。桑の木の老樹は、このショーの間に、見学に行かせてもらったのだった。
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