シャフリサブス シルクローど真ん中渦絲(ウズベキスタン)道中記⑥

 5月13日(火) 五日目 この日は、ブハラからサマルカンドまでのシルクロードのドライブである。途中には、資源のある砂漠を通るらしく、石油関係の工場や、天然ガスの工場の近くを走り抜けた。
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中国のタクラマカン砂漠ではないが、どうやら砂漠には、水はなくても、資源があるらしくて、うらやましい話だ。ところで、ウズベキスタンは、石油産出国ではあるが、石油輸出国ではないので、100%が、自給用との話だった。ちなみに、ウズベキスタンは、実質的な社会主義を、維持しているらしく、土地はすべて国有地なので、国民は国家と契約して、土地を借りているとのことだった。国土の1割が農地らしいが、綿用地や、小麦用地が決まっていて、農産物の自給に、強制力を発揮しているらしい。フィルズ氏によれば、ウズベキスタンは、一に経済、二に政治、との国家方針とのことだが、観光にはまだまだ、力が入らないらしく、この日の3度のトイレ休憩は、すべてお花摘みだった。最初のタイムは、天然ガス工場の近くで、いい塩梅に塀があった。2度目は、シルクロードらしく、桑の並木に隠れての花摘みだった。3度目はサマルカンドに近い高原の中で、まわりに何もないのだが、どうやら道路を守るために、塹壕を掘っているらしく、女性はそのクリークの中、男性は塹壕の手前にある盛り土の手前で花を摘んだ。4月にはポピーの花が咲き誇るらしいが、5月のこの日は、たった一株、真っ赤なポピーが、強風の中でけなげに咲いていたのが可愛らしかった。
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 『赤き血の アレキサンダー 罌粟の花』(張騫 玄奘 イブン・バトゥータ) 
 最近の旅は、自然体に心掛けているので、眠くなると眠ることにしている。気が付くと、平原から、どうやら丘の景色に変わっていた。ウズベク人も、どちらかと言えば、先祖は遊牧の民だと思うので、景色的には、どうやらそれらしい風景と言えなくもなさそうに思った。この日はサマルカンドに向かう途中に、シャフリサブスという町に立ち寄った、ウズベキスタンのみならず、中央アジアを通じて最大のヒーローであるチムールの故郷である。しかしチムールの名は、彼の死後、後継争いを制したハリル・スルタンによって意識的に消されたので、地元では、長らく忘れられていた存在だった。皮肉なことに、チムールの再発見は、スターリンだったと、フィルズ氏は、話していた。スターリンは、チムールの戦術を、実際の戦争にも利用した、との説明だった。スターリン自身、マイノリティーのグルジア人だったので、似たような境遇から、大英雄になったチムールに、共感することが大だったのかもしれない。ところで、フィルズ氏は、チムールが、いかに反モンゴルで、モンゴルの勢力を打倒することに力を注ぎ、中央アジアに平和をもたらした、大恩人、というイメージで、我々に語ってくれていたのが、興味深かった。ウズベキスタンの国旗は、青、白、緑のトリコロールである。青は、空と水の色であり、チムールやトルコ系民族の色でもあるらしい。そして、白が平和を象徴しているとのこと。緑の方は、最初はイスラムの色だったらしいが、現在では、国土の色という説明だった。三日月も、必ずしもイスラムの象徴ではなくて、ゾロアスターから続く、ウズベク伝統の象徴、と力説していたのも面白かった。12の星も、州の数というよりも、ゾロアスター教で、もっとも神聖な数である、と説明していた。シルクロードの途中には、時々土饅頭が見られたのだが、これもゾロアスター教の埋葬施設だったらしい。
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ブハラの近くの土饅頭には、十字架が立っていた(お墓)のも、面白いと思った。シャフリサブスにも土饅頭があった。話が戻るが、チムール自身は、チンギスハーンにあこがれていたと思われる。彼の妻は、チンギスハーンの末裔なので、彼の子孫が、ハーンを名乗ったのは、承知の事実である。ところで、シャフリサブスは、かつてケシュと言われていたそうである。バッチャン母娘の母の方は、アレキサンダー大王の足跡を旅しているそうで、調べたら、彼が滅ぼしたアケメネス朝は、この地で亡び、この地で大王は、ペルシャの姫君と結婚したと思われる。ここシャフリサブスは、シルクロードの二大ヒーローにゆかりのある土地だった。ここには、チムールの巨大な像があった。
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彼は、アミール・チムールと呼ばれていて、「将軍様」なのが、北朝鮮や日本の江戸時代を彷彿させて、面白いと思った。したがって、ウズベキスタンでは、間違ってもチムール大王などとは、言わないようだ。このチムール将軍の真後ろに、茶色の建築物があった。昔は、何の建物か、分からなかったらしいが、現在は、チムールの宮殿だったことが、確定して、世界遺産に登録されている。正面に回ると、青のタイルの美しさと、建物全体が巨大なので、びっくりした。
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巨大アーチの半分だけが、残されている。しかも、地上にも青いタイルで覆われていたらしく、その保存したところを見学した。今回の旅で、前日の巨樹の桑の木に続いて、二度目の感激を味わった。
 『シャフリサブス 薫風吹いて 青タイル』(チムールの郷は 高原の町)
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シャフリサブスには、他にも二つの建築群が世界遺産に登録されていて、見学した。ドルティロヴァットは、チムールの孫ウルグヘクが建てたモスクの青いドームが印象的だった。
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ドルダオサットは、一族の廟だが、修復中で、軽く眺めただけだった。遺跡では、近くの小学生と遭遇して、写真を撮らせてもらった。
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