サマルカンドからタシケント シルクローど真ん中渦絲(ウズベキスタン)道中記⑩

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 5月15日(木) 七日目 実質的な最終日、しかし観光がある最終日である。まずは、サマルカンドからタシケントまでのシルクローど真ん中を5時間かけて走る行程である。この辺りは、気候的には、ステップ気候にあたるらしく、道中は畑が多かった。ウズベク人は、遊牧生活から、定住生活に変化してきた民族なので、この辺りは勢力の北限にあたるのかもしれない。今回の旅で、目に付いたのは、ウズベクの人たちが、畑に出て、良く働いているな、という感想だった。これには、ウズベク人が、真面目な農耕民族という側面もあるのだろうが、他には、ソ連時代から農業国として、必要以上に刷り込まれてきたのかもしれない。また、ウズベキスタンの春は、一番忙しい季節でもあるとのことなので、我々の旅行の季節と、偶然に重なった側面もあるのだろう。ウズベキスタンは、失業率が、0%に近いらしいので、皆が働いている、という見方もできるかもしれない。フィルズ氏によれば、秋は、収穫の秋で、収入も多いので、四季の中では秋が一番良い、と話していた。ところで、この日も、今回の旅では、最悪とも思われるハプニングがあった。まずは、ガイドのフィルズ氏が、旧市街が道路封鎖だった、ということで遅刻した。そして、我々も何とか出発した。サマルカンドで、大統領が出席するという行事は、5月15日と16日である。我々の常識では、行事のあるサマルカンドを脱出して、首都のタシケントへ行くのだから、交通規制には関係ないのだろうと思っていたのだが、とんでもなかった。この国は、ソ連邦からの独立以来、事実上カリモフ大統領の独裁体制の国である。建前上、言論の自由はあるのだろうが、昔のチュニジア同様に、国民は、何となく文句を言いにくい、雰囲気があるようだ。さて、サマルカンドの市街地から、外へ出ようとすると、全ての道路が、バスで封鎖されていた。
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フィルズ氏の力をもってしてもいかんともしがたく、旅行会社にSOSを出した。しばらくは、真っ蒼というか、真っ暗闇の状態だった。最悪の場合、この日のタシケント観光が中止になる可能性もあるし、もっと最悪のケースだと、週に2便しかない、東京への飛行機に乗れないケースさえ、頭を過ぎった。待つこと50分、シルクツアーという地元の会社が(賄賂を使ったのか、またして何かの裏技か)何とか、先導車(パトカー)を手配することができた、との情報が入り、皆で拍手した。実査手に先導車がやってきて、ホッとした。すると、何と中央分離帯の反対側車線を走っていた。
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要するに、逆走なのだが、それぐらい緊急事態だった、ということである。高速から、市内に入る道路は、上りも下りも完全に閉鎖されていた。ここに入るポイントには、通常から、関所があるのだが、この日は、ブロックアウトだった。この場所はロータリーにもなっているので、ここまで来た車は、サマルカンドに入ることができずに、すごすごとロータリーを回って、もとの道を引き返していた。要するに、このような大事を国民には、知らせない体質の国が、ウズベキスタン、ということになる。このような国は、中国を初めとする独裁国家である。形式はともかくとして、この国は、ソ連以来の古い体質を今も引きずっているらしい。例えば、この国の大学はすべて国立大学である。卒業した学部によって、就職できる仕事が限定されるとのこと。例えば、医学部を出たら、医者以外にはなれない、と言った例である。日本語学部を出たフィルズ氏は、教師かガイドにしかなれないらしい。
 我々のバスは、何とか、タシケントへ向かって走り出した(8:50)。このルートは、日本の東海道みたいな路線(人口1の首都と、人口2の古都とを結ぶ)なので、道路も比較的良く、道路に並行して鉄道も走っていた。
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ほとんどの旅行会社は、このルートを鉄道で行くらしいので、苦労したのは我々ばかりだったのかもしれない。それはともかくとして、このルートもシルクロードなので、我々の方がその意味では、理には適っている。かの玄奘三蔵法師も、街の様子は全く参考にはならないが、インドへの途中で、タシケントからサマルカンドのルートを歩いたらしいので、我々とは逆方向ではあるが、この風景を望んだ可能性がある。一時間強走行したところで「チムールの門」と呼ばれる狭路を通過した。
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左にトルキスタン山脈、右手にザラフシャン山脈にはさまれたところである。チムールが遠征する時通ったからチムールの門と呼ばれるようになったらしい。ここしかルートが取れないので、昔は関所があったそうである。そういえば、社会主義国の悪弊で、途中の州境などに検問所があり、バスは必ず一時停車をしていた。ところで、トイレストップは、花摘みの可能性も、示唆されていたが、「東海道」なので、適地がなく、結論としては、2回のトイレストップは、ガソリンスタンドに併設された、有料トイレだった。料金は一人500スムなので、日本円で20円ぐらいと、安くはない。ついでなので、物価の話をすると、ビールはほとんど500mlの瓶で、10000スムなので、400円ぐらいか。収入の方だが、政府の公式の発表によれば、月3万円ぐらい、とのことだった。しかし、若者は、ほとんどスマホを使っている様子なので、真実のところは?マークである。ところで、今回の旅の両替は、1万円にとどめたのだが、膨大な札束をもらって、しばし呆然とした。とても、お財布には入らない。小型のバッグは必需品、ということになる。簡単に言えば、インフレなのだろうが、買い物は、ドルの方が喜ばれるのが実情だった。さて、サマルカンドからタシケントまでは、順調に行って5時間、我々は1時間のロスがあったので、6時間をかけて走った。中央アジアもう一つの大河、シルダリア川を渡ると、タシケントである。タシケントの郊外は、ちょうど苺のシーズンだとか、道路に、露店が出ていた。
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