イエスの真実

 現在(2015年1月)安倍総理が、パレスチナを訪れている(その後、身代金を要求される事件が発生した)。イスラエル、パレスチナは4年前の2011年に訪れた。かの地は「バイブルランド」という名前で紀行文を書いた。と言うのも、イスラエルと表記しても、パレスチナと表記しても、公正を欠くような気がして、そのような表記にした。ところで、バイブルランドは、イエスが活躍した土地である。せっかくなので、イエスに関する本もそれなりに読んで、現地を旅した。結果、現地のガイド(女性の日本人)からは、「オタク」なんですか、と失礼なことを言われるほど、興味深い旅をした。イエスは、2000年ほど前に生きた「人物」であり、旅先で一番に気にしたのは、100%イエスが存在した場所と、どれだけ巡り合えるか、という興味だった。はっきり言って、現在のエルサレムは、後世の「伝説」の地であって、100%イエスが存在した場所というのは、想像以上に少ない。
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行ってみれば分かるが、エルサレムは、イエスという「人物」のテーマパークと言った表現が適切なほどである。
 故郷が、日本でも最もキリスト教徒の多い地域で育ったので、幼いころより、いろいろとイエスの話は聞かされたような気がする。子どものころに不思議に思っていたことが、聖母マリアのことである。トルコに、「聖母マリアの家」というのがあるのだが、その標識がVirgin Mariaだったことに、衝撃を受けたこともある。クリスチャンであるためには、聖母マリアがvirginであったことを認めなくてはならないらしい。このことについては、反キリスト教の立場から、いろいろと否定する説も多いが、あれだけ「聖」なるイエスの母が、簡単に神聖でなくなるのも、おかしいと、常々思っていた。今回、図書館で、何気なく手にした「イエス・キリスト失われた物語」を読んで、何となくそのあたりのことが、氷解したような気がした。
 聖書には、いろいろと不思議な人物が登場する。たとえば、マグダラのマリアである。欧米では、超の付く有名な女性だが、非キリスト教徒の日本人にとっては、なかなか分かりづらい女性である。個人的には、マグダラのマリアを描いた名画が多いので、絵画ファンとしては、それなりに気になっていた女性だが、実像としては、なかなか難しい。本棚には、中公新書の「マグダラのマリア」という本がある。それによれば、大グレゴリウスという教皇が、マグダラのマリアと、ラザロ(イエスが復活させたという伝説の人)とマルタの姉妹であるベタニアのマリアとが、同一人物であると認定した、とあるが、素人の自分から見ても、無理のある説である。それに比べれば、「イエス・キリスト失われた物語」に登場しているマグダラのマリアは、なかなか存在感があって、そのような女性がいたのかもしれない、と思わせる力があった。
 そもそも、イエスは、歴史書には登場しないらしいので、実在したかどうかは、難問だが、これだけ伝承があるということは、やはり存在した、と考える方が良いと思う。聖書でのイエスは、余りにも奇跡が多いが、「イエス・キリスト失われた物語」によれば、ほとんどが現実的な話として書かれているので、説得力がある。ミケランジェロの描いたイエスは、筋肉隆々で、本当にあのような人物なのかな、と疑問に思いがちだが、「イエス・キリスト失われた物語」によるイエスは、この点でも納得してしまう。真実は闇だろうが、自分が思い描いていたイエスの周辺が、かなりクリアに見えたことは確かである。

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