しこくはっく花遍路①プロローグ

しこくはっく花遍路                2015/3/8~3/21
 プロローグ ようやくにして、四国八十八遍路の旅へ出かけることになった。数年前、中国河西回廊石窟巡礼の旅をしたことがある。その中に、番外も含めて、四国108霊場を歩いて巡礼した人と、まだ四国八十八遍路の旅は、まだ行く気にならない、と言っていた人とがいた。その時には、自分も、まだ八十八遍路の旅は、まだその気にはならない派だった。数年が経過して、いくばくか齢を重ねて、自分の人生を考えた時に、そろそろ行っても良いか、という気持ちに変化しつつあった。そんな中、2014年は、四国霊場開創1200年の記念の年だった。四国八十八遍路の旅をするには、絶好の機会で、秋ごろには、行ってみるか、と心の準備をしていた。しかし、この年の夏から続く、天気の異変は、秋になって、大型台風の連続上陸が続いて、腰が砕けてしまった。そして、翌2015年の春を目指すことになった。この年は、同じ弘法大師空海の高野山開創1200年の年だった。それと同時に、心待ちにしていた、慈尊院弥勒如来御開帳の歳でもあった。四国八十八遍路の旅をすべて終えて、高野山にお礼参りをするのは、ベストの選択だが、その自信がないので、旅を分割することにした。3月に、四国八十八遍路の旅を、出来る範囲でして、慈尊院は5月に行くことにした。3月は、桜の季節とマッチングすれば、最高なのだが、混雑を警戒して、上旬の8日を出発とした。四国行きの目的は、もう一つあって、妻の実家の墓参だった。まずは、丸亀の墓参を済ませて、その足で、高知県の別のお墓参りを済ませてから、遍路の旅をすることになり、変則だが、高知から愛媛までの、1週間の予定を立て、宿の予約も済ませた。この予約の最後は、愛媛県今治の15日だった。この年になると、その日のうちに、東京まで帰るのはしんどいので、途中一泊をすることになるのだが、その計画を立てているうちに、数日の予定が増えて、どうせなら、高速割引の20日土曜まで、引っ張ろうという計画に、規模を拡大した。そして、3月8日日曜日の早朝の出発となった。
 3月8日 初日 ロングドライブは、自称ロードマップと称する、予定表を作る。その予定によれば、自宅を4:00という時刻だった。深夜割引とは、関係がないので、あくまで、最終目的から、逆算しての出発時刻だった。前日の夕方、新車のナビに、往く先のホテルをインプットした。予めの予定(マップファン)では、瀬戸大橋経由のコースだったのだが、ナビ君のコースを見てびっくり、コースが、明石海峡大橋だった。四国八十八遍路の旅では、諸々の準備をしなければならない。事前の調べでは、各県に遍路用品の店があり、香川県では、本山善通寺となっていた。しかし、淡路島経由ならば、第1番霊山寺が近いはずだ、と当たりを付けて、調べてみたら、高松自動車道板野ICからすぐ近くだった。そんなわけで、急遽、ロードマップも、淡路島経由に変更した。確かに、経過時刻は、大差はないようだった。当日、早めに目が覚めたので、3:20の出発となった。天気予報が、変わって、雨の中の出立となった。日の出IC3:31、中井PA4:32というのは、雨の走行なので、慎重に走った結果だろう。清水PA5:25というのも、まずまずの進行だろう。ここで、前回と同じく、朝のラーメンを食したのだが、なんだが味が濃くて、おいしくなかった。続いて、浜松SAには6:58に着いた。まずまずのペースである。
 7時頃になって、ようやく明るくなり、走りやすくなった。次の、1時間休憩は、刈谷PAがぴったりだったが、この頃、四日市周辺の混雑が掲示されていたので、やや無理をして、伊勢湾岸自動車道を突っ走り、8:02に、前回と同じ、伊勢長島PAに入った。前回は3:01に出発して、同じラーメンを食したのだが、その後、睡魔に襲われ、途中で30分強の睡眠時間を費やして、9:20の到着だった。理論的には、同じような時刻のはずだが、今回が早かったのは、慣れなのか、クルマの違いなのか、判然とはしない。前回は、ここで純粋なコーヒーブレイクにしたのだが、今回はブランチ気分の、コーヒー+トーストにした。西名阪自動車道は、前回は遅かったゆえに、渋滞から逃れたのだが、今回はやや、渋滞にはまり、30分のロスタイムだった。京阪方面の休憩ポイントを考えると、草津PAは、必修なのだが、安心のために、10:07に、土山SAで休憩した。前回の帰りには、吹雪模様だった道も、この日は落ち着いていた。草津は、JCTとPAが併設されていて、ややこしいが10:40に着いた。ここから吹田JCTまでは40分と出ていて、我々は京滋バイパス経由で、41分かかり、11:32にここを通過した。ナビは、最短の阪神高速道神戸経由を指示したが、我々は初めてナビに逆らって、山陽道に入った。ロードマップで13:30の西宮名塩SAに11:50に着いたので、ペースは快調だった。ここからは、未知のルートである神戸・淡路・鳴門自動車道の明石海峡大橋へ向かった。今年は、阪神・淡路大震災20年の年だった。18年前の1997年の3月に、神戸震災の応援ツアーで、神戸・明石から淡路島へ渡ったのだが、明石海峡大橋は、事実上完成していて、その橋桁のあたりを、フェリーで渡った懐かしい思い出がある。
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高速だと、淡路島も、巨大な橋桁みたいなものだが、13:31に南淡路PAで休憩しただけだった。鳴門大橋は、2度目なのだが、わずかにうず潮の雰囲気が見られて良かった。この頃、緊急事態が発生した。ガソリンスタンドの赤マークが付いて、残りの走行距離が、70㎞と出てしまったのだ。70㎞と言えば、相当に走れる計算ではあるのだが、走る毎に、残り可能距離数が、刻々と減少するので、あまり気分が良いものではなかった。これは、デジタル式の悲しさで、何か刃を突き付けられているような、不快感があった。結局、予定通り板野ICで降りた(14:10)のだが、スタンドを見つけて、給油が終わるまでは、ひやひやのし通しだった。最初に、ナビの地図中に、スタンドのマークを発見したのだが、すでに廃業していた。おまけに、日曜日ということも重なり、休みだったらどうしよう、というはるか石油ショックの悪夢を思い出してしまった。結局、目的地の四国八十八か所第1番霊山寺のすぐ隣に、営業中のスタンドを発見して、ホッと胸をなでおろした。値段は、リッター140円だったが、即満タンをお願いした。結局、34literというのが、給油の数字で、残りは6literなので、50㎞ぐらいの数字を出していたようだ。霊山寺へは、14:25に着いたのだが、ロードマップの16:00よりは、出発時刻の40分を引いても、1時間ぐらいは、頑張った計算だった。
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