シイタケは椎茸に非ず

 たまたま、12chで修善寺の番組をやっていた。面白かったのが、この番組のディレクターが、大のシイタケ嫌いだったのだが、修善寺のシイタケ蕎麦が美味しくてシイタケ蕎麦の、リピーターになった、という下りだった。そういえば、子どもの世代で、シイタケ嫌いは、納豆嫌いぐらいには、多いように感じる。臭いも触感も嫌い、とのことのようである。しかし、実際のところ、このテレビ番組のディレクターのエピソードでも分かるように、本物の味を知らないための、悲劇なのではないだろうか。(ちなみに、シイタケ栽培は、伊豆が発祥らしい)
 また、たまたまだが、司馬遼太郎の「歴史歓談」を読んでいる。その中で、シイタケの話が出てくる。まずは、道元の典座教訓である。道元が上陸許可が間に合わず、船上で悶々としていた時に、中国の老僧が、干しシイタケを求めに来て、道元が開眼する、という話である。干しシイタケは、そもそも中国で発明され、日本人がそのことを学び、そのほとんどを中国へ輸出していたらしい。江戸時代の、清への輸出は、干しアワビなどの海産物が有名だが、干しシイタケもあったらしい。またまた「歴史歓談」だが、司馬さんの友人に、陳舜臣さんがいる。陳さんのおじいさんは、神戸で中華材料の商いをやっていたらしい。陳さんの話によれば、「中国には、シイタケに似たものはあるが、ああいう香りは出ない」とのことである。時代は変わり、何でもかんでも、農産物を中国から輸入する時代になった。確かに、中国産の農産物は日本を席巻した感がある。しかし、何でも安ければ良い、という日本のデフレ心理の中で、日本人は、大切な日本の「味」を失ったのではないだろうか。正確なことは分からないが、冒頭のエピソードなども、そういうことの傍証ではないだろうか。現在、我が家では、残留農薬が怖いので、中国産の生農産物は買わない原則だが、安全の他にも、このような「文化」の側面もあるのではないだろうか。農産加工品ならば、もっとその傾向が強いかもしれない。たとえば、春雨である。中国産の春雨を食べていると、その味が、中国産のものと、勘違いしてしまう。しかし、値段は倍する、国産の春雨を食べると、別の食べ物か、と思うほど、その味が素晴らしかった。たかが、シイタケされど椎茸である。

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