対馬海峡の虹

 実は、読んだ本の題名は「海峡の虹」である。サブタイトルが「日朝の架け橋 雨森芳洲」とある。むかしの勉強は、人物の名前を丸暗記する、というスタイルが多かった。中学生の時、美術の授業で、ジョットという人物を教わって、その人が何たるかはまったく知らず、名前だけ強烈に印象に残っている。雨森芳洲については、対馬藩の儒学者にして、朝鮮通信使と交流があった、ぐらいしか知識はなかった。現在の日韓関係(江戸時代は日朝関係)は、朴クネ大統領の登場によって、ガンガンに冷え切っている。この「海峡の虹」が出たのは、2006年であり、前年の2005年は、日韓国交正常化40周年で、著者(小西健之助)は、日本と朝鮮半島との、かつての友好と善隣の交際が復活することを願って、執筆した、とあとがきに述べられている。思えば、2002年は、日韓ワールドカップの年だった。まあ日韓の関係が良くなるならば、良いか、 といったような感覚だった。翌2003年に、「冬ソナ」が始まり、2004年頃から「韓流ブーム」が一世を風靡した。世の中が、余りにも騒ぐので、冬ソナだけは見たが、それ以外の韓流ドラマは見たことがない。正直な話、韓流ドラマは、単なる経費節約だろう、ということが透けて見えるので、見ようと思ったことがない。今にして思えば、2005年頃は、未曽有の韓流ブームで、事実上、歴史問題も、日本側から見れば、解決したはずだった。(従って、2008年の、蘆ムヒョン大統領の突然の変貌は、日本サイドからは裏切りだった)
 一番残念なのは、慰安婦問題が、前回の衆議院の解散がなければ、野田政権のもとで、一件落着のはずだった、ことである。首相が、安倍氏に代わって、まったく磁石がプラスとマイナスとが、入れ替わってしまったようだ。今更、後を振り返っても仕方がないことだが、あと一息、解散が遅ければ、日韓関係も、ずいぶんと違った景色になっただろうから、返す返すも残念である。ところで、今年は、戦後70年である。雨森が、日朝関係に携わった時は、文禄・慶長の侵略があってから、ほぼ100年経っていた。雨森は、リタイアしてから、「交隣提醒」という外交の本を書いている。それによれば、朝鮮は、怨恨を持ち続ける民族で、100年後も日本の風儀を憎み、反省を求めている、と書かれている。朝鮮とは、友好的な徳川政権でも、このような状態だったわけで、戦後70年の、特別に友好的とも思えない、今の政権に対して、今の韓国政権の在り様は、歴史は繰り返す、としか言いようがない。芳洲は、同書で「日本人は過去を水に流して忘れようとするが、朝鮮人は怨恨を持ち続ける」と述べている。最近の、韓国のネット情報で、日本が、原爆を落としたアメリカに対して、恨みを持たないことに、驚異の念を持っている、ことが出ていたが、芳洲ならば、とっくに分かっていた、と言うことになる。芳洲は、同書の冒頭で「互いに欺かず、争わず、誠信の交わりこそが外交には一番大切である」と述べているのだが、お互いの政権に、ぜひ聞かせてやりたい言葉だと思う。

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