宇和島城、天赦園 しこくはっく花遍路⑤

 御荘から、宇和島を目指した。道は、海岸沿いの遍路道になるのだが、余りにも景色が良いので、おやつを食べながら、小一時間休憩した。
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途中で、例の無料高速が現れたが、我々は無視した。トンネルを抜けると、宇和島の市街地に入り、やがて宇和島城天守閣が見えてきた。よく見ると、天守閣の手前に、ピンク色の花が見えたので、はたして梅だろうか、と思った。入口は、お城の反対側にあり、市営の駐車場に車を停めた(13:04)。門をくぐると、いきなりの階段があり、しかもとても急こう配の階段だった。
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息を切らしながら、天守台まで登ると、絶景が待っていた。日本には、12の現存天守閣があるのだが、そのうち四国には、4つの現存天守閣がある。今回の遍路旅で、唯一ノルマをかけたのが、宇和島城で、日本100名城は当然なのだが、46年前には、遠くに眺めただけだったので、自分としては、間近に見る最後の現存天守閣ということで、ぜひとも登城したかった。本丸からは、宇和島湾をはじめ、宇和島の市街とまわりの山々が、ぐるりと見えて、まさに絶景だった。
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特に、宇和島湾は、長崎の港の景色と比べても、勝るとも劣らないような絶景だった。麓から見えていた、ピンクの花は、何と桜で、ウスベニカンザクラという札が付いていた。それにしても、満開の桜と天守閣のコラボが、3月の中旬に見られるとは思わなかったので、とても感激した。
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見学を終えて、もとの急坂を下りると、駐車場の前に、地図があった。直前まで、天赦園と伊達博物館を見よう、と思っていたのだが、地図の中に、高野長英の旧居が、徒歩7分というので、急遽、そこへ行きたくなった。歩き出したのは良かったのだが、アーケード(休日だった)を歩いたのが、大失敗だった。水路の手前まで歩けばすぐ、と地図での検討を付けていたのに、水路は、アーケードの下をトンネルで潜っていたので、道に迷ってしまった。数人の人に聞いたが、なかなか、ご存じない史跡らしくて、捜索は困難を極めた。諦めかけた時に、何とか、高野長英の史跡を発見した。お尋ね者の長英が、隠れ住んでいた場所なので、分かりにくくても、ある意味皮肉な話だったが、自分としては、気になっていた人物であり、念願の場所だったので、とても感激した(2:30頃)。ホテルのチェックインには、まだ早いので、天赦園へ向かった。入口は、地味な感じだったが、内容は、なかなか濃い施設だった。いわゆる、大名庭園の一つだが、レベルはなかなか高い庭園だと思った。ただ、残念だったのは、借景の一部を、無粋な建物(公の建物に思えたが)が邪魔していたのが、返す返すも残念だった。
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宇和島は、城下町なので、ちょっと散歩すると、古い建物があった。
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近くに、「城下町」という喫茶店があり、コーヒーを飲むつもりで、入ったのだが、お昼を食べていなかったことを思い出して、ランチを所望したら、遅い時間にもかかわらず、作ってくれた。旅館の料理にも、やや飽いていたので、とても新鮮でおいしく感じた。ちょうど良い時刻になったので、市内のホテルへ向かった(16:05)。場所は、城の近くだった。

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