三本槍岳と那須岳

三本槍岳                        2015年6月1日
 最近は世知辛い世の中である。デジタルの時代でもある。三本槍岳の頂上付近を歩いていた初老の男性は、片手に「日本百名山」のガイドブックを見ながら登山していた。いつのころか、深田の「日本百名山」がブームになり、ガイドブックの大半は、那須岳のサミットを、三本槍岳にするようになった。これには二つの理由があり、一つには、本来の那須岳である茶臼岳をサミットとすると、那須ロープウェイを使えば、わずか40分の登山であり、ガイドブックとしての体をなさない、という理由がある。次は、深田が、「那須五岳…の中枢部の茶臼、朝日、三本槍岳を、所謂那須岳と見なしていいだろう」と書いた後、これら三山の標高が変更になり、那須五岳の最高峰が、三本槍岳に変更になったという、数字上のお墨付きである。これは、九重中岳と似たケースである。しかし、山には深田が言うように、歴史や風土があるので、現代の感覚で、安易にサミットを変更してはいけないと思う。三本槍岳には、江戸時代に、境を接する三つの藩(会津、白川、黒羽)が、境を確認するために、5月5日にこの山に登り、三本の槍を立てたという事由による。したがって、名山の資格である、麓の里からの雄大な山の景色というわけではない。多少のいきさつは違うが、甲州・武州・信州の境である甲武信岳に似たところがあるかもしれない。現在、衛星の目である地図上の観点から言えば、栃木県と福島県との県境の山であり、一等三角点の山でもある。
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しかし、那須はどこからどう見ても、下野の地名であり、やはり那須岳は、茶臼岳であるというべきだろう(現在の下野である栃木県も、茶臼岳が那須岳であると、断定している)。前置きが長くなったが、三本槍岳は、名前の由来が面白いので、一度は登ってみたい山の一つだった。那須ゴンドラは、スキー屋には有名なのだろうが、山屋にとっては、通年で営業していないので、ガイドブックにも紹介されない。従って、自分も長らくその存在を知らなかった。那須ゴンドラのことを知ったのは、もう一つの「趣味」である、花の情報からだった。那須ゴンドラは、5月下旬から6月上旬にかけて、シロヤシオの花がきれいなので、営業をしている、という情報だった。そして、この情報の最後あたりに、中の大倉尾根を経由する三本槍岳への、最短ルートの存在を知った。3年ぐらい前から、シロヤシオのシーズンに、ぜひ三本槍岳へ登ろう、というプランを、密かに温めていた。今回の、三本槍岳登山は、ひょんなところから決まった。今年の夏に、欧州ドロミテをハイキングする予定をしている。ドロミテのトレーニングとして、一切経山に登る計画を立てた。ところが、浄土平からのルートが、火山の活発化で、禁止になっていることが、ギリギリの状況で、発覚した。何しろ、福島県が、この事実を、ひた隠しにしていたので、危うく宿の予約を入れる寸前だった。結局、一切経山の代替プランとして登場したのが、三本槍岳だった。今年は、季節の移ろいが早く、シロヤシオの花はすっかり終了していることは知っていたが、ベニドンダンツツジがきれいだ、との情報だったので、この山に登る計画を立てた。東京からの、早朝登山はきついので、餃子のB級グルメを兼ねて、宇都宮に前泊した。

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