11番藤井寺へ逆回り 緑遍路碧辺路②

 午後の予定は、12番焼山寺へ山登りするプランと、その後の複数の寺を遍路するプランを考えてみたのだが、連休なので、山道は、クルマのすれ違いが大変そうなので、後者のプランにした。地図を検討して、17番井戸寺から、逆番で回ることにした。最短のICは、徳島自動車道藍住ICなのだが、見るからに遠回りなので、高松自動車道坂野ICから行くことにした。鳴門から松山へ走るのに、二つのルートがあるのだが、どちらも100分となっていた。徳島経由は、明らかに遠回りだと思っていたのだが、11:49に降りた坂野ICで、前を走っていたバスを見て、この謎が解けた。松山行のバスは、坂野ICでいったん降りて、藍住ICで改めて、高速に乗っていた。恐らくは、その方が、最短で最速なのだろうと思った。我々は、その藍住ICは横目で見て、12:17に、17番井戸寺に着いた(12:25)。
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雰囲気としては、平凡な町の中のお寺、という感じで、西国三十三観音の藤井寺を、何となく連想した。しかし、山門は蜂須賀家寄進の重厚なものである。
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ウズベキスタンにも、井戸が中心になっていたモスクがあったが、この寺の中央にも、立派な井戸(面影の井戸)があり、もちろん寺の名前のもとになっていた。16番観音寺は、まことに可愛いお寺で、駐車場も狭く、おまけに満車だった(12:25)。門は、重層で威厳があるが、左右には、びっしりと寄進された石柱が並んでいる。
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朝は、それなりに涼しかったのだが、この時間になると、暑くて、たった二つのお寺を参っただけなのに、夏バテのような感じだった。
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続いて、15番国分寺へ参った(12:54)。国分寺は、伊予、讃岐と回って、3つ目だが、こちらの国分寺もユニークだった。山門の向こうに、善光寺のような、立派な二重入母屋の屋根が見えていた。
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門を入ると、何と、手水場に屋根がなかった。近くに、巨大な礎石があり、どうやら、この手水場は、この礎石を再利用したものらしかった。
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他にも、巨大な石が残っていて、礎石のインパクトがとても強かった。次が14番常楽寺だった(13:22)。やはり、駐車場が狭かったが、それよりも、参道の石段が流水岩という天然の岩を彫った、ワイルドな階段で、これが一番、印象的だった、境内にも岩盤が現れていて、天然の岩道だったが、シランの花も、なかなか印象的だった。
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境内には、老木が高くそびえていて、アララギ大師という樹らしかった。
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参拝をして、階段を下る時には、涼しい風が吹いていた。
 13番大日寺に着いたのは14:20だった。道の奥に駐車場があり、ここも満車状態だった。大日寺の対面には、一宮があり、かつては、ワンセットの社寺として機能していたようだ。
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境内に、色鮮やかな青い衣をまとったしあわせ観音様が立っていた。
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この仏をデザインしたピンバッジがあったので、さっそくゲットした。名前の大日如来が脇侍で、観音様が本尊である。この寺から、山奥に入ると、12番焼山寺があるのだが、予定通りパスして、宿の近くの11番藤井寺に行くことにした。途中の国道192号線は、連休の最終日ということで、それなりに混んでいたが、何とか鴨嶋の市街地まで来た。鴨嶋は思ったよりも都会、という感じの街だった。藤井寺の標識は、逆打ちなので分からなかったが、ナビの指示で走ったら、何とかたどり着くことが出来た(3:41)。料金所のある本格的な有料駐車場があり、少し先に藤井寺の山門があった。門の向こうに、この寺のシンボルである藤の花が見えていたが、盛りが過ぎていたのが残念だった。
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右手の本堂には、秘仏で重要文化財の薬師如来様が我々を迎えてくれていたので感激した。穏やかな感じの平安仏で、本を読んだら、四国霊場では、年号の分かっている仏様では、最古の仏様とのことだった。
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ギョロ目の雲龍(天井)もあり、薬師様とは五色の糸が結ばれていたのも、うれしかった。この寺では、大師様もお顔を見せていて、とても清々しい印象を受けた。ここから、11番焼山寺への道がいわゆる遍路ころがしと呼ばれる難所で、大師の歩いた本物の道との説明が書いてあった。四国遍路が世界遺産になれば、確実に世界遺産に登録される道で、途中には、庵が三つもあるらしい。我々はクルマ遍路なので、鴨嶋の街まで戻った。ホテルは、駅の向こう側にあったが、一応きちんとしたホテルだった。天気予報が、もともとの予報よりも、回復気味で、少し安心した。

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