宇都宮城 初夏の東山道下野の旅②

 次の旅の目的地は、宇都宮市内のいちご園だった。しかし、ナビ君は、東北道へ誘導していた。途中、宇都宮方面への標識があったので、右折したら、例幣使街道を北上して、北関東自動車道に入った。距離的には、高速を使う必要はなかったのだが、入ったらすぐに、壬生PAがあり(10:57)、早めの休憩&ランチにすることが出来た。壬生は、干瓢の本場らしく、大きなユウガオが飾ってあった。ここを出たのが、11:52だった。すぐに、ICは下りたのだが、とりあえずPAで休めたので良かった。いちご園は、ビニールハウスが立ち並ぶ一角にあり、フリーの客を扱うのは、この日が最終日とのことだった。
画像
いちごは、食べ放題ではなくて、量り売りの形式だった。好きなだけ、籠に採ってきて、買って食べるスタイルだった。5~6種類のいちごがあり、柔らかくて、出荷しない種類のいちごを主に食べた。熟したのが甘いことは確かだが、新鮮さはないので、最初に試して食べてから、本格的に食すのが良さそうに思えた。思い切り食べて、二人で900円ぐらいだったので、安かったが、やはり季節は遅かったようだ。13:00にここを出て、宇都宮城址へ向かった。パーキングは、無料とのことで、ここにクルマを停めて、宇都宮城の写真を一枚とって帰るつもりだった。
画像
資料館(無料)があり、入ったら、なかなか面白かった。説明は所望しなかったのだが、自然と、解説をしてもらった。お城は、大阪城と同じような造りで、真ん中が本丸、外側が二の丸、そしてその外が三の丸という形式だが、現在復元しているのは、本丸の部分の、2割ぐらいらしい。もともとは土塁だったものを、現在はコンクリートで、復元しているとのこと。二つの櫓(清明台、富士見櫓)は、釘を使っていない、本格的な復元した建築物で、8年になるので、色が落ち着いてきた、とのことだった。
画像
本丸の御殿は、将軍が江戸から日光へ行くときの3泊目の宿なので、大名は、二の丸に住んでいた、との説明だった。宇都宮は、日光道中と奥州道中が分かれる、宿場町でもあったらしい。戊辰戦争で、ほとんど消滅した城址だが、宇都宮市の熱意が伝わって良かった。ちなみに、戊辰戦争では、城主の戸田氏が、幕臣でありながら、信仰の関係で、新政府側に着いたので、土方あたりに、やられたとの説明だった。ここで、思わぬ時間を遣うことが出来て、良かった。ホテルへは、14:30ごろに着いた。この頃は、少し風が出てきて良かった。夕方に、駅までって、名物の宇都宮餃子をフルコース(焼餃子、揚餃子、水餃子)食べたので、満足だった。
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック