天に向かって唾を吐く
恐れていたというべきか、20世紀の文明社会を生きてきた我々にとっては、信じたくない、無差別殺戮が、花の都パリで起きてしまった。もともと個人的に9・11のことを、「同時多発テロ」という言い方には、語感が軽くて反対だった。今回の出来事も、同様に、単なるテロでは、軽すぎるだろう、という感じがする。20世紀の蛮行としては、ナチスのユダヤ人虐殺が最も、思いつくところだが、「無差別」という意味で、今回の大殺戮とは根本的に違う。ぎあいえす側としては、キリスト教徒をやった、と主張したいだろうが、現実にムスリムの人もたくさん殺戮されたのである。
これも、根本的に違うことなのだが、海外のメディアでは自爆テロのことをKAMIKAZEと表現している。日本の特攻は、戦闘員を対象としたものであり、一般市民を対象とした自爆テロとは、これも根本的に違うものである。特攻を実行した人々の、心根は、現在さまざまな形で残されている。無差別殺戮を行った自爆テロの人々の心根が、どうであったかは、自分の知るところではないが、メディアで、いかにも、ムスリムの人々を擁護しているような報道を接するたびに、胸が痛む。つまるところ、ぎあいえす(IS)の宣伝を、日本の多くのメディアが、肩代わりしているからである。自分の知るところでは、アメリカのムスリム団体や、日本のムスリムが、ぎあいえす(IS)はイスラムではない、と主張しているが、本筋のムスリムたちの声が、余り聞こえてこないのは、欧米のメディアしか利用していないせいなのか。
客観的に考える限りでは、正統なムスリムを主張する国は、ぎあいえす(IS)を、正しくないイスラム教と主張している。ただ、イスラムの歴史を学ぶ限りでは、勝てば官軍ではないが、「勝てば正しい」イスラム教、という感じがしないでもない。ただ、自分の知る限り、正しいイスラム教には、寛容の心根があるはずなのだが、それらと明らかに真逆のことをしている。ひょっとして、マルクスの科学的社会主義が、歪曲に歪曲を重ねた結果、「朝鮮民主主義人民共和国」を生んだように、ムハンマドの理想も、歪曲に歪曲を重ねて、ぎあいえす(IS)を生んでしまったのだろうか。
これも、根本的に違うことなのだが、海外のメディアでは自爆テロのことをKAMIKAZEと表現している。日本の特攻は、戦闘員を対象としたものであり、一般市民を対象とした自爆テロとは、これも根本的に違うものである。特攻を実行した人々の、心根は、現在さまざまな形で残されている。無差別殺戮を行った自爆テロの人々の心根が、どうであったかは、自分の知るところではないが、メディアで、いかにも、ムスリムの人々を擁護しているような報道を接するたびに、胸が痛む。つまるところ、ぎあいえす(IS)の宣伝を、日本の多くのメディアが、肩代わりしているからである。自分の知るところでは、アメリカのムスリム団体や、日本のムスリムが、ぎあいえす(IS)はイスラムではない、と主張しているが、本筋のムスリムたちの声が、余り聞こえてこないのは、欧米のメディアしか利用していないせいなのか。
客観的に考える限りでは、正統なムスリムを主張する国は、ぎあいえす(IS)を、正しくないイスラム教と主張している。ただ、イスラムの歴史を学ぶ限りでは、勝てば官軍ではないが、「勝てば正しい」イスラム教、という感じがしないでもない。ただ、自分の知る限り、正しいイスラム教には、寛容の心根があるはずなのだが、それらと明らかに真逆のことをしている。ひょっとして、マルクスの科学的社会主義が、歪曲に歪曲を重ねた結果、「朝鮮民主主義人民共和国」を生んだように、ムハンマドの理想も、歪曲に歪曲を重ねて、ぎあいえす(IS)を生んでしまったのだろうか。
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