西の比叡山 書写山円教寺 城と寺の旅 摂津美作因播但江⑩

 10月2日(金) 六日目 天気予報で、21号台風崩れの低気圧と、それに伴う寒冷前線の影響で、10月1日から2日からは大荒れの予報だった。昼間も断続的に雨が降っていたが、前線の通過は、未明の時刻だったらしく、ホテルの窓にも、雨粒が叩きつけていた。もともと和田山のホテルは、鳴門から北上して、2日の早朝に雲海の竹田城を見学する予定があり、素泊まりの契約だった。昨日の、手作りパンで、簡単朝食をとって、6:35に和田山のホテルを出発した。昨日の和田山ICまで戻り、この日は、播但ハイウェイという有料道路を走った。天気は、小雨状態で、山合の道はトンネルだらけ、制限時速は、時速70㎞の、狭い高速だった。道が、播磨の国に変わるあたりで。雲が切れて、晴れ間が見えてきた。市川SAというSAがあったので、早めの休憩をした(7:15~25)。福崎で中国自動車道とクロスし、砥部ICで高速を出た(7:39)。書写山のロープウェイの駐車場は、山陽自動車道の高架の下にあり、8:12に着いた。さっそく、ロープウェイの駅に行くと、長い列が出来ていた。
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係員の話では、従業員用のゴンドラなので、始発は8:30です、との説明だった。ロープウェイからは、播州平野の絶景が見えていて、すぐに山頂の駅に着いた。ここには、一般の入山料と、マイクロバス付の入山料があったが、我々は、もちろん歩いて入山した。周りには、奉納された石の柱が立ち並ぶ参道をゆるゆると登って行くと、仁王門があった。
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今度は、ゆるりと下って行くと、茶店があり、横に弁慶のお手玉石、という大石が二つあった。
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ここは、前が崖になっていて、書写山円教寺の本堂で、崖外造りの摩尼殿があった。
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階段を登ると、棟の方から参拝する形式になっていて、さっそく西国三十三観音の、御朱印をいただいた。
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話では、一番西側の霊場ということだった。残りの一つが、一番東側のお寺なので、東西の両端のお寺が残っていたことになる。ここから、さらに奥へ行くと、三つの建物がコの字形に立ち並ぶ三つの堂があった。
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清浄といってよいこの一角は、雨上がりで一層静寂が増しているようにも感じた。この寺は、天台宗の寺で、西の比叡山とも称するらしいが、そんな比喩は必要なく、とても良い寺だと思った。真ん中の食堂は、仏像の展示室を兼ねて公開されていた。中には、定朝の仏像などもあったが、一番に感動したのは、仏像から元の樹木の姿に戻りつつある、仏像の一群だった。
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明治の廃仏毀釈で、廃棄されたものを、心ある人たちが、護った仏像らしい。どんな天才でも、円空がそれに一番近い天才だと思うが、これらの仏像の存在感には、かなわないと思った。この一角そのものにも感動したが、これらの仏像には、一番の感動を覚えた。ここには、弁慶の伝説がいくつかあるらしいが、弁慶の机というものも展示されていて、面白かった。もう一つは、古い摩尼殿の柱が展示されていて、中には、秀長家来の落書きが文化財になっているのが面白かった。真中の食堂から見て、左手が大講堂、右手が常行堂というのだが、大講堂はどっしりとして存在感があり、常行堂は、屋根の形がとてもユニークだった。ここでは、『軍師官兵衛』や『ラストサムライ』のロケがあったらしい。
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ゆっくりしたので、見学には約2時間かかり、
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下りのロープウェイは、10:30のゴンドラに乗った。駐車場を出たのは、10:52だったが、来る時の大渋滞とは変わって、普通の混み具合で、姫路城へ向かった。

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