イスラムの悲劇

 パリにおいて、ぎあいえすによる、市民への無差別な虐殺が行われた。犠牲者の方には、心から哀悼の意を、申し上げます。我々、普通の日本人も、ぎあいえすによって、虐殺の標的に名指しされているわけで、とても対岸の火事などと、のんびりと眺めている訳にはいかない。普段は、ほとんど見ることのない、BS1の海外メディアのニュースを見ることが増えた。本当は、アルジャジーラを見たかったのだが、アルジャジーラの、パリ市民無差別虐殺の報を見られなかったのが、残念だった。日本のほとんどのメディアが、あいも変わらず「イスラム国」などと、表現していることも、気になるところである。東京4chの司会者が、「イスラム国」がどんな「国」であるか、解説しましょう、などとのたまっていたので、焦ってしまった。当ブログでは国に「 」を付けて表現したのだが、テレビを見ている側とすれば、明らかに「 」無しで話していたように、聞こえたし、実際、そうだったのだろうと思う。もちろん、分かっている人にとっては、どうでも良いことなのかもしれないが、このような出来事があるたびに、世の中全体が、たぶらかされているみたいで、とても嫌な気持ちになる。コメンテーターとか、専門家などと言うものは、他人と少しでも違うことを発言しないと、自分の首が涼しくなるのかどうか、知らないが、欧米側に批判的なモノゴトを申す人が多いようである。中には、帝国主義時代の、欧米諸国が悪かった、などと、したり顔で話す識者などがいて、あきれてしまった。現実的に、バングラディシュで、地元にとても貢献してきた日本人が、虐殺された。もちろん、殺されてしまった本人が一番の犠牲者なのだが、このことなどは、明らかに、バングラディシュのイスラム教徒も、間接的な被害者なのではないのだろうか。パリなどでは、ムスリムに対する嫌悪感が広がっている、との報があった。そういう意味で、一番の被害者が、イスラム教徒であることは、間違いない。現に、多くの欧米諸国で、シリア難民に対する風当たりが、厳しくなりつつある。
 今年は、二次大戦が終わって、70年になる。敗戦国だった日本とは、事情が違うかもしれないが、アフリカを除く世界中のほとんどの国(戦勝国側の一握りの国も除くが)が、同じスタートラインに立った、と言えなくもない。そんな中で、結果的に資源国となった多くのイスラム教徒の国々が、ムハンマドの理想を実現できなかったのは、ある意味、イスラムの悲劇と、言えなくもないと思う。歴史を振り返って、ぎあいえすが「理想」とするイスラム帝国が、はたして理想的なイスラム教徒の国だったのかも、実証する必要があるだろう。もし、理想的な国ではなかったとしたら、そもそも、イスラム帝国を復活させるというぎあいえす(IS)の野望は、単なる帝国主義と同じ、と言うことになってしまう。現在、多くのイスラム国出身の人々が、キリスト国に移住していて、その居心地の悪さを感じているのかもしれないが、本当のところは、イスラムの教えと、今のところ人類共通の人権の考えと、どこかで折り合いをつけるか、イスラムの理想の国を作って、そこに住むか(ユダヤ教徒にとっての、イスラエルは、ややそれに近い)の二者択一しかないのではないかと思う。今のところ、ぎあいえすの主張は、この後半の考えに似ているとも思えるが、やはり虐殺をしても、それを達成しようとするのは、無理があるし、された側が、本気で怒るのも、やむを得ないと思う。
 イスラムの最大の悲劇は、神がいるのかどうか、が問われていることでないだろうか。もともと、神は、この場合唯一神の神なのだが、キリスト教も、ユダヤ教も、イスラム教も同じ神さまであることは、間違いようがない。このような場合、神様が、あるところだけ、特別に贔屓にするとは、とても思えない。実際の、人類の歴史を見ても、間違いなく、そうだろう。今年は、メッカで、大事故があり、多くのムスリムが亡くなった。神を尊ぶ集まりに、神が天罰を加えるはずはない、だとすれば、はたして、神はいるのか、という疑念が、ほんの少しでもあれば、これこそ、イスラム最大の悲劇だと思う。

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