KENKO第二ステージ

 KENKOと言うのは、「健康」であり「軒昂」と言う意味も兼ねてみた。秋の健康診断で、びっくりポン病にかかり、半分ぐらいから、スリークォーターぐらいには、回復したつもりである。散歩ぐらいは頑張っているが、心配なのは、筋肉の衰えである。たまたま、チャンネルを回していたら、タイの国技であるムエタイの健康法が紹介されていた、筋トレだったのか、何だったのかは分からなかったのだが、たまたま、自分がやっていた、筋トレに似ていたのが、面白かった。と言うのも、現在が第二ステージであるとすれば、その前は、第一ステージと言うことになる。赤ん坊が母の胎内にいるように、この時期は、家の中にいることがほとんどだった。本来の、自分流の筋トレは、ダンベル運動なのだが、この時期は、まだそれは無理だった。そこで、ふと思いついたのが、立ったまま、脚を後方面に蹴り上げることだった。これでも、熱心にやれば、筋肉痛になる。第二ステージでは、カッコよく言えばガーデニング、普通に言えば、庭弄りもできそうなので、楽しみである。
 たまたま、このブログを作成中に、写真家アラーキーの「写狂老人」という番組を、録画で見た。彼は、晩年の北斎が「画狂老人」と名乗っていたのに対して、「写狂老人」と名乗ったのだそうである。彼は、癌との闘病の経過もあるようだが、実は、右眼が、ほぼ失明状態なのだそうである。したがって、残された左眼を失うことの方が、癌の再発よりも怖い、と正直に告白していた。自分も、彼と同じく、右眼を患った経験があり、深刻に悩んだことがある。この時は、人生において、一番の働き盛りのころであり、働き過ぎも、この病気の原因の一つであり、人生のターニングポイントと感じたことがあった。それに比較すれば、今回のびっくりポン病は、二度目のターニングポイントだと、自覚するような状況である。最初のが、働き過ぎであるとすれば、今度のは、遊び過ぎと、言えなくもないのだが、いろいろと、残りの人生を、真剣に考えろ、というサインなのかもしれないのである。
 話が、再び、KENKO第二ステージに戻る。ようやく、第二段階の外出ができるようになり、閉幕まじかの「モネ展」へ行ってきた。2枚の絵に、感激したのだが、そのうちの一枚は、彼が白内障を患い、モノがはっきりと見えない状況において、書いた「睡蓮」の大作だった。絵を観て、久しぶりに涙が出た。自分のもどかしさを、画布にぶっつけているのだが、何よりも、あのような大作に取り組んだことが一番に感銘した。
 話は再び「写狂老人」である。自分も、北斎やアラーキーになぞらえて、「○狂老人」と名乗ると、面白いと考えたのだが、それは「碁狂老人」だった。確かに、囲碁は、面白く、先日、中国の棋士が打った手に、感動を覚えたのだが、残念なことに、ほとんど実戦をやっていない。最悪の場合、囲碁は、自宅にいて、ネットで対局は出来るのだが、それよりは、体力があるうちには、やはり外出を楽しみたい。外出も同じGなので、「GО老人」と言うのを、今のところ考案中である。KENKO第二ステージから、次は外出バリバリの、第三ステージー、早いところ、駆け登りたいものだが、今のところ、順調に行って、2月にはなりそうだ。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック