「一億総活躍」よりも「一億総幸福」

 当のブログで、「一億総活躍」について述べるのは、3回目である。A応援隊のY紙が「一億総活躍の具体策を急げ」という、大社説を掲げていた。読んでいくと、「若者の雇用安定が重要」という小見出しがあり、その中に「非正規労働者の処遇改善と正社員への転換支援を進める必要がある」と書かれていた。このことは、今の社会の元凶なので、最もそのとおりである。と言うよりは、このことさえ、解決すれば、ほとんどのことが解決するぐらいのことである。たとえば、ネコダマシである「出生率1.8」などという数字も、おのずから解決するだろう。現実のところ、非正規労働者の割合を、具体的な数字で減らしてこそ、立派な政治家であり、具体的な提言をしてこそ、立派な大新聞であるべきである。ただ、「非正規労働者の処遇改善と正社員への転換支援を進める必要がある」などと、書くことぐらいは、誰でも言えることで、文面からは、何の必死さも、何の切実さも感じられない。
 同新聞の別欄に、若者に流行っている「ミニマリスト」なる記事が載っていて、面白かった。本来、モノを捨てるのは、そろそろ冥途への旅支度を始めるシニア層の発想かと思ったら、「豊かな生活」をするための、若者の発想、と言うところが、面白いと思った。話は戻るが、自分は、非正規労働者が100%悪い、などとは思っていない。大昔、石垣島に観光に行った時、非正規だからこそ、石垣島に観光バスの運転手が来てくれることを聞いたし、自由な生活をするために、メリハリのある季節労働者になって、有意義な生活を送っている、多くの若者がいることを知っているからである。問題は、安定した生活をしたいのに、自分の意志に反して、非正規で働かされ続けている若者から、最近はミドルの年代までいることが、深刻過ぎる闇なのである。もっとはっきり言えば、世の中が、正規労働者の「勝ち組」と非正規労働者の「負け組」とに、二分割されてしまったことが、最大の問題なのである。このことに目をつぶって、お題目みたいに「一億総活躍」などと唱えることは、ちゃんちゃらおかしい。あえて「一億」という言葉を使うならば「一億総幸福」と言う言葉が、一番ふさわしい言葉だと思う。昔ながらの、落ち着いた収入で、落ち着いた生活をするばかりが「幸福」とは限らない。ミニマリストになって、豊かな生活をするのも、立派な「幸福」の可能性はある。そういう意味で、国民の側でも、いろいろな生活スタイルを模索する必要がある。昨今の、就職事情を見ると、大企業への就職だけが「勝ち組」みたいな傾向があるが、そういう古い考えは、そろそろ考え直す時期なのではないだろうか。為政者がなすべきことは、非正規労働者を極力、減らすことだが、国民の側も、人口が減少する時代に、自分の「幸福」を真剣に検討する必要が、特に若者にはありそうな気がする。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック