造物主、神様、仏様の考察

 憲法の勉強をしている。ただし、それほど、真剣に勉強しているわけではない。たまたま、本棚の断捨離の一環として、岩波新書を整理していたら、たまたま、憲法の本が数冊出てきて、順次読んだうえで、断捨離している、と言うだけの話である。一番最初に読んだのが、「憲法第九条」という本だった。次いで、「日本の憲法・第二版」「憲法読本・上」という順序で、断捨離中なのである。この「憲法読本・上」の中で、基本的人権という章の中に、初期の人権宣言(18世紀のフランスやアメリカの人権宣言)は、自由国家の理念にもとづいていた、という解説があり、「すべての人間は、造物主によって、他人に譲り渡すことのできない権利を与えられており、その権利には、生命、自由および幸福追求の自由が含まれている」と書かれていた。米国憲法には、ほぼ同じ意味の文言があり、この中の「生命、自由および幸福追求の自由」という文言は、そのまま、わが国の憲法にも、載せられている。A首相を筆頭とする、改憲論者は、まさか、「だから、改憲しなくちゃ」とは、言わないと思うが、実のところ、そのレベルの人たちでもあるので、何とも言えない。
 個人的に注目したのは、「造物主」という言葉だった。バイブルでは、全てをゴッドが創った、と書かれているから、ゴッド=造物主と考える人が多いかもしれないが、ゴッドの祖先である、原始ユダヤの教えには、そのような思想は、なかったかと、思える。世に「全知全能の神」という言葉もある。間違いなく、これはゴットのことであり、ムスリムが言うところのアラーに違いないのだが、自分の考察によれば、これは存在していないと思う。はっきり言えば、全知全能の神は、人間の、さまざまな要望に叶ってはいられない、と言った方が良いのだろうか。分かりやすいのは、最近の「ぎあいえす」のブザマなことだろうか。彼らは、確かに、パリで、恐るべき虐殺をおこなったが、どう考えても、アラーがそのようなことを許すはずもない。彼らは、昨年のクリスマス以降、全面戦争を呼びかけているはずである。しかし、聞こえてくるのは、同じムスリム諸国の中での、「カッコ悪い」事件程度のニュースだけである。世の中の報道は、彼らがやっていることが、いかにダサいことかを、言い立てれば良いと思うのだが、何だか結果的には、「美化」しているようにしか、思えない。どちらにしても、全知全能の神は、いたとしても、手の施しようがないし、恐らくは何もしないだろう。
 中国では、造物主のことを、天帝ということもあるらしい。ニュアンスとしては、こちらの方が、感覚的には、まだ合うような気がする。「おてんとうさま」は、太陽のことで、そのように言ってしまえば、ミもフタもないが、このような言葉の方が、感覚的に、近い。本来は「畏れ多いもの」なので、適当な言葉が無い、と言うのが正解だろう。今回の院内トリップでは、たまたま「神様、仏様」と祈ってみた。もちろん、真剣にお願いした。「神様、仏様」は親しみを込めて、ニックネームと思っていただくと、分かりやすいかもしれない。

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