二百名山の疑義

 院内トリップの間に、グレートトラバース2の再放送と、退院後に、最終回が放映された。グレートトラバース2は、自分も励まされたし、また多くの人を励ましたようで、その意味では、素晴らしい番組だった。ただし、この「もと」になっている、二百名山については、この番組がスタートした時に、ブーイングのブログを呈していた。果たして、番組の最終盤に、その危惧は、当ったようだ。
 自分にとって、深田久弥の「日本百名山」座右の書であり、何度も何度も読み返したが、長い間、踏破しようとは思わなかった。実現をするためには、①最大なのがモチベーション、そして②と③とが、費用の算出と、時間の算出である。もちろん、現役社会人の時には、②も③も、不如意だったが、最大の障害は、①のモチベーションだった。百名山の中に、当時は登頂不可とされていた、浅間山があったからである。百名山のガイドブックには、黒斑山をもって、浅間山に替える、というコース案内だったが、そんなものは、矜持として、とても浅間山とは、認め難かったからである。後年、黒斑山に登る機会があったが、もちろん、浅間山の代替として登ったのではなくて、あくまで、「黒斑山」として登ったのだった。その当時、現地に行って初めて知ったのだが、規制がやや改善されて、前掛山までは、登れることを知ったのだった。思い返せば、若かりし頃には、釜山まで、比較的簡単に登れる時代があった。登山禁止になった後も、登った人がいたらしく、実は、誘われたことがあった。結局、その直後に、伊豆大島が噴火して、全島避難という事態になり、釜山登山は、そのまま立ち消えになってしまった。
 いつのことか、二百名山というリストを見た時に、「フン」と思った。と言うのも、その中に、桜島が入っていたからだった。当時も今も、桜島は現役バリバリの活火山で、つい数日前にも、噴火したばかりである。眺める名山としては、素晴らしい山でも、登る名山としては、煮ても焼いても食えない山である。果たして、グレートトラバース2でも、展望台まで行って、チョンであり、まことにしまらないフィナーレだった。番組としては、佐多岬まで歩いたので、何とか恰好はついたかもしれないが、登山としては、「惨めな」山だったとしか、いいようがない。それは、さておいて、最悪だったのが、ブービーと言うか、一つ手前の、高千穂の峰だった。陽希氏は、元祖グレートトラバースの時に、霧島山の一つとして、高千穂の峰には、しっかりと登っていたのだった。にもかかわらず、グレートトラバース2の番組では、このことを、一言も紹介しなかった。実は、このことが、深田クラブなる団体が制定した「二百名山」が、いかに怪しいものだったかの証明なのである。この、深田クラブなる団体は、畏れ多くも、「深田」の名前を名乗っていながら、あの「日本百名山」を勝手に、改変しているのである。深田の明らかな誤りである、利尻岳を正しい山名である利尻山にしたり、早池峰をやはり正しい山名である早池峰山にするのは、許されるとしても、悪沢岳を荒川岳にしたのは、微妙としか、いいようがない。最悪なのは、阿寒岳を雌阿寒岳に変更したこと、もっと最悪なのは、大峰山を八剣山にしたことと、霧島山を韓国岳に、矮小改竄したことだろう。最低、この二つは「深田久弥著「日本百名山」の愛読者として、到底、許すことができない暴挙である。
 最近、気が短くなって、あまり怒らないほうが良い、とアドバイスを受けている。改めて、陽希氏の快挙には、拍手を贈りたいと思う。二百名山云々は別にして、由布岳、三瓶山、森吉山、暑寒別岳そして、一番登りたい山は、三嶺であることは、間違いがないので、このうちの、何座かでも登ることができたら、本望である。

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