二・一一の恫喝

 2月11日は、あの東日本大震災から、4年と11ヶ月という、月命日の日である。このような厳かな日に、とんでもない社説を見てしまって、愕然とした。大震災で、在日米軍は、「トモダチ作戦」で、大変お世話になったことは、米軍が嫌いかもしれない、沖縄の人もある程度は、認めるところだろう。編集手帳という、何事もないような、社説の内容は、恐ろしいような恫喝を含んだ内容だった。憲法9条の「戦争の放棄」は、日本が戦争を放棄しても、戦争は日本を放棄しない、という恐ろしいレトリックだった。その挙句、「日本を放棄してもらう」という、およそ日本人には考えられないような、文言があり、その解決策として、愚にも薬にもならないような、A案「ナキネイリ作戦」とB案「コワモテ作戦」を提示した後、C案と称する「ナカマ作戦」は、安保法制であり、選択はこれしかないだろう、という国民への恫喝なのだった。ご丁寧に、D案があったら、世に問えば良いだろう、と大見得を切っていた。悪いけれども、世界と言うよりも、長い人類の歴史の中で、70年間も、「戦争から放棄」された国は、唯一日本だけである。なぜ、日本が「戦争から放棄」されたのか、考えたことがあるのだろうか。
 朝ドラ「朝が来た」の中で、あさの長女である千代が、後の親友田村宣に向かって「頭でっかち」という言葉を投げつける場面があった。A氏と言い、Y新聞と言い、憲法改正を錦の御旗と考える御仁は、どうやら、この「頭でっかち」な傾向があるようで、黙って聞いていれば、そのような気にさせられるのだが、言葉をもてあそぶだけなので、本当のまごころみたいなものが、少しも伝わらないのである。
 それにしても、あれから、4年と11ヶ月が過ぎてしまった。これは、日本人の悪いことかもしれないが、悪いことを、他人の所為にして、自分はのうのうと、生きていることではないのか、と思ってしまう。たとえば、「あの太戦」を、軍部の所為にして、国民は関係が無かったかのように、思って生きてきたのではないだろうか。話は変わるが、現在の天皇皇后両陛下は、誠心誠意、「先の太戦」や、大震災の慰霊に回られている。両陛下は、年齢的に言えば、戦争への責任はないと思うが、日本国の宗家として、ふるまわれているのだろうと、尊敬する。日本国民のほとんどの人は、まだ大震災の復興が不十分だと思っているようだ。しかし、このことを、何か「政治」の所為にしてはいないだろうか。前にも紹介したが、鳴子温泉のお客は、まだ50%しか戻っていない、と聞いている。これは、知らず知らずの中で、多くの国民が、震災後の東北を、特別扱いしているに違いない。中には、放射能が怖い、と真顔で話す人もいるが、このような人たちは、スウェーデン政府が、お米を週に3回以上食べると、健康を害するおそれがある、という警告を御存じだろうか。

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