内閣支持率上昇の理由

 最近、驚いたことが二つばかりあった。一つは、週刊誌までが、内閣のお先棒を担ぐようになったのか、ということと、某大臣が、内閣の意に染まない放送メディアを、「放送停止」にする、と繰り返し恫喝したことの二つである。週刊誌の見出しは、大体が「眉唾」ものが多いと思うが、甘利大臣や不倫代議士ののこともあるので、100%ばかにしてはいけないとは思うが、一応は、話半分に聞くのが、正しい態度かと思う。なので、少々羽目を外しても、半ば許されるような雰囲気があったと思うのだが、最近は、週刊誌にも、政府の厳しい「監視」がされていることは、承知のことである。自分はまず、見出しだけで、読むことはないのだが、恐らくは、内閣の御用学者の言葉を、そのまま記事にしたらしい週刊誌があって、びっくりした。週刊誌ぐらいは、「反権力」であった方が、世の中は、正常だと思うのだが、どうだろうか。
 NHKスペシャル、司馬遼太郎「わが国のかたち」の後半が、2月14日に、放映された。日本と言う国が、幕末の列強の植民地化から逃れ、驚異の文明開化を果たし、やがて未曽有の「太戦」を起こして廃墟となり、戦後復興をした根源を、彼なりに洞察した番組だった。彼は、「太戦」の奈落へ落ち込んだ原因を、「統帥権」という魔物の所為にしていたが、もう一つが「国民」そのものの熱狂にあったことも見通していた。そして、現代日本の危惧が、この熱狂にあることを心配していた。あれは、何から始まったかといえば、日露戦争のメディアの統制からである。戦争と言うものは、国の存亡の時なので、多少の規制があるのは、やむを得ないのだが、白を黒と言うようなことは、やはりまずいだろうし、適当な年数(たとえば、30年ぐらい)が経てば、真実を公表する義務があると思う。そもそも、日本国憲法には「第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」に、しゃべる自由である言論の自由、書く自由である出版の自由は、表現の自由として、明確に保障されているわけで、言論を統制することは、明確な憲法21条違反である。このように、報道メディアの統制は、日本の暗黒の歴史から行っても、許されるはずはないし、憲法の上からも、許されるはずがない。それなのに、「放送停止」をちらつかせるのは、もはやナチスのレベルに近いものを感じで、鳥肌が立つような恐怖を感じる。
 韓国の、報道メディアに対する干渉も、われわれ日本人にとっては、酷いものに思える。しかし、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が02年から発表を続ける「世界報道自由度ランキング」によれば、「報道の自由」のランキングは、韓国のランキングよりも下位の61位である。タイトルに、「内閣支持率上昇の理由」としたが、この理由は、簡単である。「日本のマスコミが安倍政権に屈服しつつある状況」だからである。この言葉は、私の言葉ではなくて、米紙「ロサンゼルス・タイムズ」記者のジェイク・エーデルスタインさんの言葉である。ちなみに、日本が、「報道の自由」のランキングにおいて、最高のランキングを獲得した瞬間は、2010年の11位だった。これは、日本の歴代の総理大臣の中でも、ワーストに数えられる、鳩山首相の時のことである。悪名が高かった、記者クラブにおいて、週刊誌などのフリーランスの記者や、外国人の記者にも開放されて、感動した記憶がある。現在も、記者クラブは続いていると思うが、たとえば、A氏アベノバクチ政策の第二ステージの発表では、質問は自民党記者クラブの所属記者だけに限られたそうである。要するに、悪名高き、記者クラブ時代に、先祖返りしたわけで、それだけでも、「報道の自由」が暴落したわけが、分かるというものである。一番の危惧は、報道メディアが、無気力に見えること、そしてそのことに、国民がまったく無関心なことである。

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