遊仙窟のモデル炳霊寺 絹の道仏の道 河西回廊⑦

 9月16日 四日目 食の都蘭州は、スモッグの街としても有名である。もともと、蘭州が内陸の工業都市として発達したのだが、地形的に、二つの山地に挟まれて、空気の動きが少ないので、大変な問題らしい。
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この日の朝もけぶっていた。こちらは、北京から西にあるので、7:00でも、まだ早朝の雰囲気だった。このホテルは☆☆☆☆のせいなのかどうか、中国には珍しく西洋系の団体客がごった返していた。我々は、9:00に出発したのだが、ウナギの寝床の蘭州の渋滞を抜けるのは、やはり大変だった。蘭州名物のコンビナートの近くは、道路工事でガタガタ道だった。道は、左折をして、ようやく炳霊寺の道へ入った。豊かとはいえないが、まずまず緑の見える渓谷をどんどんとさかのぼって行った。やがて、ゲートがあり、チベット族の地区に入った。そういえば、炳霊は、チベット語で、十万の意味があるとのこと。日本人の感覚では、頭がくるくる回りそうである。しばらくして田舎の小さな街に入り、レストランで、トイレストップをした。昨年まではここで、早めの昼食をとったらしい。我々はここから一走りして、湖畔の船着き場へ着いた。(11:20)
人造湖の色は、黄土が沈殿していて、けっこう青い色に変身していた。
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救命具を着て快速船に乗った。景色は、最初平凡だったが、炳霊寺方面へ右折すると、遊牧が目立つような山らしい風景になってきた。そして、いよいよ炳霊寺も近い、というあたりで右側に桂林よりも野性的な絶景が見えてきた。炳霊寺は、山の浦島太郎のような「遊仙窟」という小説の舞台と目されている。黄河を遡った山深いところに、夢のような魔物のような場所があり、主人公がそこに誘惑されるような話だったと記憶している。この景色は、確かに夢のような魔物のような景色だと思った。やがて、山の岸壁に炳霊寺という字が見えたと思ったら、すぐに船着き場に着いた。
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時刻はほぼ正午で、ここに係留している別のボートレストランで、昼食をとった。正面に、絶景の見える
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二階で食べたのだが、我々は運悪く、反対側に座ってしまった。炳霊寺石窟は、13:15に入場した。しばらくは、谷沿いに立派な遊歩道を歩いた。
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3窟からいよいよ見学を開始した。まずは、唐代のふくよかな菩薩のレリーフが、S字に腰を振りながら、我々を歓迎してくれた。4窟は唐代の高い髻、5窟は北魏の平らな髻が対照的で、面白かった。7窟は、マトゥラ風の仏立像が印象的だった。10窟(北周)は、二本の菩提樹、11窟(唐)は二本の椰子の木があり、特に椰子の木は、このような場所にあるのが、感動的ですらあった。この窟では、飛天の衣が表と裏で赤と青になっているのが、面白かった。125窟(北魏)は、楽しそうな釈迦と多宝との対話が見られた。126窟からは、いよいよ特別窟である。126窟は、北魏の秀骨清像と言われる、法隆寺の釈迦如来に似た仏像の宝庫である。ここでも、釈迦と多宝は清談していられた。
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ここには、微笑の素敵な、交脚弥勒さまもいた。128窟(北魏)は、戦乱で荒らされて、仏は臼杵大仏のように、頭が乗っていた。しかし、何よりもラピスラズリの青い色が鮮明な壁画が印象的だった。132窟(北魏)にも足がちょこんとした交脚弥勒さまがいたが、それよりも手前上の寝釈迦様にたたずむ阿難の表情が絶品だった。
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