歓喜への絶唱

 院内トリップの間、ありとあらゆるひとやことに励まされたことは、何度も書いた。実は、一番の関心は、U23アジア選手権の戦いぶりだった。22日は、オペレーションの当日の夜なので、「テレビ断ち ドーハへ送る エールかな」しかできなかったのだが、リオオリンピックの出場を懸けた26日は、体調的には、観ることも可能だった。しかし、願掛けも兼ねて、この日もテレビ断ちをした。「欲望の おきて破りは 封印す」ることにした。そして、「念力を 撃てゴールぞと 激とばす」ことにした。すると、三つのことがあり、勝利を確信することができた。「大勝利 三つのの証しで 確信す」その三つとは、「隙間から ナイキの如く 光射す」「アイマスク すっぽりゴールに 入りけり」「ぐっと出て 大躍進の 証拠かな」だった。ついでに「ぶーぶーと 祝砲鳴らす 大おなら」だった。ただし、NHK深夜便午前3時のニュースでは、無視されて、自分が結果を知ったのは、午前5時のニュースだった。まさに「悲劇から 歓喜へ変わる ドーハかな」だった。
 ここまで、自分のやまひ回復も順調だった。まずは、「オリが取れ ナースに努力 褒められる」ことから始まった。また「ドクターに きれいな色と 褒められた」。そして「さあできた 大願成就の 百句かな」も完成した。ついでながら、「百川柳 天麩羅うどんで 祝うなり」をした。そして、「回診や 医師三人も にこにこと」していたので、順調なことを実感した。ついに、「出血も 真水の如く 薄くなり」そして、ついに第四ステージへ突入した。「息を抜き ぱっと抜き出し 万々歳」だった。と同時に、「これからが ほんとの勝負 気を締めて」臨んだ。たまたま、朝ドラの「朝が来た」では、加野銀行がスタートする場面だった。ドラマの中で、山崎氏が「これからが 大変さんで 御座います」という科白をしていたので、そのままいただいた。「看護師に 順調ですよ と励まされ」たが、自分としては、「航路なら ようやく湊を 出たところ」とますます気を引き締めた。それでも、実際は、全てが順調、と言うわけではなくて、最初は、「正解と 不正解とは 五分と五分」ぐらいだった。それでも、「昼間から ケーキで祝う 仮出処」ということで、気分的には、シャバに出たような、快感だった。つい興奮して、「久しぶり やってみたぞと スクワット」したり、「階段を 一から四まで 駆け上り」などをしてしまった。早朝のラジオで、こんな話をしていた。「違和感から いいわ感へと 少しずつ」と言うのだが、言い得て妙だった。それでも、正直な気持ちは、「未知なれば 不安と希望の 二重奏」だった。ラジオで、とうかずこ、というライ患者の方が、療養所で、詩を千篇作成したことをやっていた。自分の百川柳とは、凄みもレベルも段違いなのだが、ともに不自由な中での、絶唱であることには、共感が持てた。「トウカズコ 命を紡ぐ 詩が千篇」「むねのいずみ かかわらなければ 絶唱歌」ところで、天皇が比島で「天皇は どうもありがとう ございます」と丁寧に話されていたのが、印象に残った。われわれ患者は、「我々は 無しかアリガト ございます」程度の返事なので、丁寧さが際立っていた。ようやく、列島も暖かくなってきたらしいので、「列島も 春めき我も 春めいて」という句を作った。そして、ついに、「ドクターに 合格ですよと 太鼓判」を捺された。跳びあがることはできなかったが、「万歳を ベッドの上で 三唱す」をした。そして、指定された外来へ向かった。「外来へ 喜び勇んで 駈け下る」はしゃぎようだった。ドクターに「病状を 聴かれて十倍 良くなりと」大げさに答えたら、とても喜んでくれた。そして、「これからは ホテル暮らしの 身分なり」となった。テレビでは、「甘利氏の テレビジャックで テレビ消す」嫌な思いをしたが、「朗報か それとも悲報か 大臣辞任をす」という結末になった。アベノバクチは、国民をだます、政策だと思うので、朗報と言う評価をした。最後は、CTスキャンではなくて、超音波で、診断していただいたが、「そら豆が きれいに戻ると グーニュース」で、めでたし、めでたしだった。

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