敦煌莫高窟(後編) 絹の道仏の道 河西回廊⑳

画像
 96窟(初唐)東の大仏。有名窟なのでパスしたいが、5段の床の、西夏時代の蓮のレンガが、品があって、とても良かった。大仏(35.5m)は、武則天に似て、女性的だった。莫高窟は、壁全体に壁画が描かれていた時代があるそうで、その一部が残されていた。また、427窟のように、楼閣が現存しているのが5棟あって、一番古い楼閣が、上の方に見えていた。雨は少ないのだろうが、雨ざらしなのが多少気になった。次の見学は、西の大仏がある130窟(盛唐)だった。
画像
お腹と右手以外は、当時のものらしく、特に左手の表現は、大仏でありながら繊細なもので、とても良かった。次に148窟(盛唐)である。
画像
莫高窟に二つある涅槃窟のうちの一つである。かなり巨大な窟で、窟全体が棺の形をしていた。エジプトのお墓のイメージに近かった。172窟(盛唐)は、最大の危機だった。重要な窟は、CO²などのセンサーが取り付けられていて、一定の数値を越すと、入室禁止の立札が出る。3分間だけ許可が出たが、危機一髪だった。楡林窟にあった無量寿経変図と同じ趣旨のものだが、特に北壁の図が傑出しているとされている。池の前の楼閣は、宇治平等院にそっくりだった。
画像
例によって、中央で歌舞が催され、飛天も舞っていた。ゆっくりと鑑賞できなかったのは残念だが、素晴らしさは目に焼き付いている。これにて、午前中の拝観は終わった。2時間半ばかりの、出血大サービスで、牛さん、曹さん、TCに感謝感謝である。場内のレストランで食事をして、午後ふたたび莫高窟を見学した。午後の初めは、85窟(晩唐)だった。あの地球の歩き方にも記載されていないレアな窟なのだが、A旅行社だけの特別な配慮だという。この窟は、下部にあり、塩害が激しく、これを除去するのに、米国の協力を借りている、との話だった。途中で、ライトを点けてくれたので、劇的に感動した。金彩獅子の場面を教えてもらったが、金彩獅子はしっぽが青く、なかなか高貴な物語だった。次が、特別窟の45窟(盛唐)である。
画像
井上靖先生の恋人(観音菩薩)は、余りにも高名なので、パスするが、阿難のハンサムぶりがとても良かった。南壁の観音経変は、観音のスーパー三十三変身ぶりが、滅茶苦茶楽しかった。この観音様の顔がとても優しい顔だった。日本人莫高窟観光の両横綱が、45窟と並んで、次の57窟(初唐)である。ここには、平山郁夫画伯の恋人(観音菩薩)がいるのだが、余りにも写真で見過ぎていたので、それほど期待していたわけではなかった。窟に入ると、左手に保護のガラスがあり、そこに恋人はいた。ライトアップすると、思わず体に衝撃が走った。やはり、本物はすばらしい、というのが第一印象だった。
画像
全部で、3回ほどライトで照らしてくれたのだが、その度ごとに感動の衝撃が走った。それにも増して、下からライトを照らすと、金の装身具が浮かび上がって、壁画であるはずの観音様が、立体的に見えた。世の中に写真や模写は、飽きるほどあるが、やはり本物の繊細さは、本物を見るしかないと思った。最後に、254窟(北魏)を見た。模写と写真撮影をしていて、一般の入場は禁止されていた。本尊は交脚如来で、手足には藁がそのまま見えていた。ここには異時同画の「捨身飼虎」があった。印象としては、もう一つのシビ王本生譚の鳩の肉の重さを計るシーンが心に残った。ともかく、全部で18窟を見たが、すごかったとしか言いようがない。最後の博物館は御目汚しだった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック