福島県の歴史散歩

 ワンラブ フクシマは、やや気障な表現だが、世の中の、福島県に対する「風評」は、福島県民自身も含めて、冷たいのではないだろうか。大震災後、自分なりにできることと言えば、旅行なので、自分なりに東北を「旅ボラ」として、旅をしてきた。被害に遭った地域は、大体回ったつもりだが、福島県の浜通りだけは、なかなか行けなかったのだが、今回、何とかこの地域を、旅することで応援できれば、と計画している。図書館へ、ガイドブックを借りに行ったら、浜通りを対象とするガイドブックが一冊もなくて、ちょっと、ショックだった。福島県と言えば、何と言っても、会津地方が観光的には有名で、こちら方面の本はあったのだが、浜通りは、ほぼ全滅だった。
 我が家の本棚も探したが、めぼしいものはなく、何とか探し当てたのがタイトルの「福島県の歴史散歩」だった。1979年発行と言うから、余りにも年代物だが、歴史そのものは、腐るものでもないから、これを参考書にしようと思った。浜通りは知っていたが、この地方で有名なものは、「相馬」である。一つには、相馬野馬追が有名で、もう一つが、新相馬節などの民謡である。相馬へは、自分の考えでは「旅」の範疇には入らない、職場旅行で来たことぐらいで、プライベートでは来たことが無い。そもそも、徳川幕府は、軍事演習みたいな野馬追は、許可しないのだが、神事ということで、続けられたとのことで、その意味では、本当に貴重な伝統である。ここには、相馬藩があり、600年の歴史があるというのも、非常に珍しい(おそらくは、対馬の宗氏とか、人吉の相良氏などと、比べられる存在なのかもしれない)。北には、雄藩の伊達藩があり、その伊達藩に対抗するための、デモンストレーションだった、と言うのだから、今の朝鮮半島のキナ臭い演習の元祖みたいなものである。そして、相馬藩のお城である、中村城は、貴重な江戸時代の大手門があるはずなので、ぜひ訪ねてみたい。(現存12天守の城、と言うのは誰でも知っているが、現存建築物21の城と言うのは、それほど知られていないが、中村城は、その貴重な城の一つ)
 福島県と言えば、会津地方や磐梯・吾妻地方が、一番に頭に浮かぶところだが、この「福島県の歴史散歩」は、最初の口絵が、国宝白水阿弥陀堂であることは、ちょっとうれしい気がした。白水阿弥陀堂は、いわき市にある。いわき市と言えば、美空ひばりの名曲「みだれ髪」に出てくる塩谷崎は昔から、行ってみたいと思っていた。しかし、例の大震災があって、それどころではなくなってしまった。この本によれば、ここは映画「喜びも悲しみも幾歳月」のロケ地と紹介されているので、古いといえば、チョー古い。それでも、震災から5年が経ち、そろそろ福島を応援するのにも、遅すぎることはないと思えるようになった。震災と言えば、何と言っても、常磐ハワイアンセンターは、イの一番に応援したいところである。そういえば、ここにある湯本温泉は、道後温泉と同じくらい歴史があるらしいのだが、何となく、このあたりは、新産業都市のイメージがあって、損をしているのかもしれない。そして、最大のマイナスイメージは、原発である。この本によれば、「大熊町は…山は半分が国有林で乱伐がたたり、わずかにチップを産する二すぎず、海岸は浸食がはげしく、約三五メートルの断崖となり…海岸の台地には戦時中の軍用練習飛行場があったが、そのまま放置されて、広大な原野となっていた」とある。結局、この農耕にむかない広大な原野が、大熊から双葉まであり、これを昭和39年に東電が購入し、41年から原発基地としたとのことである。その後は、大かた承知のことである。35mの台地にあるはずの、原発が、なぜ津波にやられたのかは疑問だが、終わってしまったものは、仕方がない。ちなみに、このあたりは、双葉郡と言うらしいが、これは明治になって、楢葉・標葉の両郡を合わせた、新しい地名と言うのが、面白いと思った。城好き、寺好きとしては、この「福島県の歴史散歩」を参考に、花見ができれば、この上良いことはない、という感じである。

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