楡林窟 絹の道仏の道 河西回廊⑯

 9月20日 八日目 8:30に出発した。途中は、綿花畑が多かった。一般に、背が低い綿花のようだった。すぐに、かつて常楽城と言った波城子へ着いた。
画像
小さな城跡だが、かつて、玄奘も立ち寄った、由緒ある城とのことだった。我々も、城内で宝探しをしたが、陶片しかなかった。良いものは、博物館にあるらしい。タマリスクが咲き、なかなか風情のある城跡だった。楡林窟への道は、砂漠に川が流れていた。
画像
やがて、楡林川に至り、この川をさかのぼって行った。河畔に胡楊の木が黄葉して輝いていた。
画像
楡林窟は、大きな谷の道を下って行った。
画像
今までの石窟との違いは、岩が礫岩なので、日本人の感覚ならば、とても窟を掘ろうという、意欲を起こさないような気がした。
画像
楡林窟は両岸に造られていたが、我々は右岸の12窟から見学した。五代の十大弟子八菩薩の窟だが、千仏に名前が書かれていたのに、びっくりした。そして、右壁の浄土変に描かれていた反弾琵琶に感激した。15窟は中唐吐蕃の窟で、前室毘沙門天の上半身裸で飾りの風俗が吐蕃のものだ、とのことだった。16窟は、五代の二仏併座の窟。ハープを奏で、髪飾りのない、少女のような飛天が良かった。供養者の夫人像はウイグル人で、ペルシャ風の鳥の化粧を両頬にしていた。19窟は、16窟供養者の子の窟。こちらの夫人は漢人だが、派手な髪飾りが、インパクトがあった。23窟は、道観に改造された窟。傑作だったのは、夫婦同床異夢の画だった。
25窟(中唐)からは特別窟である。何と言っても、右壁阿弥陀経変のふくよかな伎芸天が圧巻だった。ピンと伸ばされた五本の指は、鳥肌が立つ物凄さだった。美人菩薩もたくさんいた。2窟(西夏)は、龍鳳の天井画もきれいだが、2体の水月観音で有名だ。男の水月観音は、玄奘と孫悟空が見上げていた。女の水月観音は、絶品だった。長い髪と水の渦巻きとがコラボしていて、言葉では表現できないすばらしさだった。楡林窟では、五菩薩の17窟が修復中で拝観できなかった。代わりに、5窟の涅槃仏と6窟の大仏とを拝観した。大仏は24.7mある巨大な弥勒仏で、五代の千仏があったが、下の方は洪水で破損していた。
画像
楡林窟のある河原には、ポプラや楡の木があり、気持ちの良い場所だった。
画像

釈迦多宝 会話が弾む 楡木陰」(河畔にたたずむ 水月観音)
画像

昼食は鎖陽城にある大衆食堂の皇帝麺を食べた。目黒のさんまみたいな話だが、むかし隋の煬帝がこのあたりで、食事を所望して出された麺が、こちらの麺ということで、ぐじゃぐじゃしたアンを混ぜて食べると美味しかった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック