震災ツアー

 東日本大震災から5年しか経っていないのに、九州熊本でまた大きな地震が起きてしまった。今回の地震は、福島を応援する旅ボラの途中で、ニュースを知った。次の旅を、5月の由布岳に定めていたので、第1報の時には、何の不安も感じなかったのだが、続く「本震」後の様子で、大分も大きな地震に見舞われたことを知った。その後、ニュースを知るたびに、心が重くなってきた。
 そもそも、一番最初の震災旅ボラの旅(阪神・淡路)は、平成9年の3月の旅だった。旅に行くことが、震災地への応援になる、という意識はあったものの、旅は「物見遊山」というイメージが世間にはあり、行くタイミングが、なかなか難しかった。結局、まだ現役の時代でもあり、震災後1年と2ヶ月後だった。行ってみて驚いたのは、表面上ほとんど震災の陰りが無いことだった。港には、傾いたガス灯のようなものがあったが、これも、震災遺跡として、保存されたものだった。唯一、胸に堪えたのが、人工島の中に、まだ設置されていた仮設住宅だった。ただし、やや神戸市の周辺に行くと、道路の補修がまだだったり、明石天文台や明石城などの補修は、後回しで、見学は不可だった。当時、建設中でほとんど完成していた明石海峡大橋が、ほとんど無傷だったので、さすが日本の技術、と驚嘆されていた。直接の旅ボラではなかったが、東日本大震災の直後には、京都へ出かけた。当時の都知事が、花見は自粛などと言っていたために、日本を元気にするためには、出かけるのも良いことだ、と解釈して、4月の京都へ行った。桜のシーズンだというのに、京都は静かだった。2011年夏には、もとから予定していた東北の山旅はしたのだが、まだ被災地への旅行は、はばかれるような雰囲気が強かった。意を決して、翌2012年の4月に、宮城県の海岸線を北上する旅(旅ボラと称した旅)へ行った。その結果、阪神・淡路大震災とはけた違いの被害の大きさと、復興の遅さに、驚き、今後、できるだけ東北を応援する旅行をしようと、決心した。人それぞれに、復興に対する思いがあると思う。3月11日の日に、震災に関する番組を観て、心を寄せるのも一つの方法だろうし、人それぞれに、身の丈に合った復興の支援をすればよい、と言うのが自分の考えである。東北は、被災県にかかわらず、応援するつもりで、1年に1回ぐらい出かけたので、以後、岩手県、秋田県、青森県と旅をして、今年は一番深刻な福島県を旅した。福島県は、大変な花どころなのだが、現在の両横綱と思われる、滝桜と花見山はさすがに賑わっていた。(他では、郡山市の開成山公園も、賑わっていた)しかし、全国の桜百選にも選ばれている、二本松城跡霞ヶ丘公園は、満開にもかかわらず、人はぼちぼちというぐらいの人出だった。
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まして、他の桜祭りは、ぼんぼりが風に空しく揺れているような状況だった。特に、原発のあった、福島県浜通りは、復興の槌音はするものの、他の被災県よりも、復興の度合いが低く、さらなる、日本人自身の応援が必要だと感じた。他のところにも書いたので、重複するのだが、相双の歩き方というパンフレットに書いてあった言葉をコピペして見る。「一人でも多くの方に足を運んでいただき、その時に皆様が感じられた感情を大切にしていただきたいと考えています。来ていただくことも復興の一助となります」
 東北に加えて、今度は九州である。特に、大分県の由布岳は、今年の5月に登山しようと計画していただけに、来年になれば、リベンジしたいのだが、とりあえず、何らかの形で、九州への応援旅行はしたいと思う。
 

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