頼山陽の母

 5月5日は子どもの日、5月8日が母の日だった。子どもの日には、どこでも流行っている鯉のぼりのイベントはやっていたが、家庭的にはどうだったのだろうか。数日前、園芸店に行ったら、おびただしいカーネーションの鉢が並べてあって、ちょっとした驚きだった。日本において、子どもの数は、32年とか減少の連続で、このままでは、確実に日本は消滅すると思うのだが、このことを、真正面に据える政治家はいないらしい。
 さて、タイトルが「頼山陽の母」と言うのは、母の日にひっかけたのだが、そもそもは、頼山陽その人を知らないことには、始まらない。見延典子氏の「頼山陽」は、まだ下巻に入ったばかりなので、詳しくは、その時に、書くこととして、個人的には「鞭声粛々夜過河…」という川中島の七言絶句の作者だったことは、この小説を読んで、初めて知った。彼は、江戸時代の、文化・文政期の著名人で、その後の幕末期には、巨名がとどろいたようだ。とにかく、ビッグネームなのだが、同時代には、彼の父、頼春水も、彼の母、梅颸も有名人だったようで、親子3人が有名人だったのは、岡本一平・かのこ・太郎のようなものかとも思う。現代は、天才少年や天才少女が、数多く輩出しているように思う。簡単に言えば、頼山陽の母は、このような天才少年・少女を育てた「偉大な母」たちとの共通点が多いように感じた。小説の中の言葉だが、頼山陽の母の教育方針は、「子育ての一番大切なのは、その子のええところを伸ばしてやることや。どんな子にも良いところがあるのだから」と述べている。験しに、我が書庫を探してみたら、「日本人物の歴史15・封建の異端」の中に、平賀源内、杉田玄白、平田篤胤、大塩平八郎、渡辺崋山と並んで、入っていた。
 現代日本の喫緊の課題は、人口減少のストップだと思うのだが、5月3日が憲法の日だったせいか、憲法が日本の伝統を踏まえていないので、改正すべきだ、などとのたまっている政治家がいた。早い話が、一夫一婦制度は、少なくとも江戸時代には、日本の伝統ではなかった。そして、ひょっとして、いま崩壊しつつあるのが、日本の「家制度」かもしれない。頼山陽もその母も、この「家制度」翻弄された、親子かもしれない。先に、母の教育方針を紹介したが、山陽の理想の父親像、というのもあるので紹介してみる。「家族の統率をとりつつ、年上の友人のように子と接しられるような父親」と言うのだから、まるで、現代の父親の理想像みたいだから、その意味での、山陽の先進性は素晴らしいと思う。もう一つだけ、頼山陽の母のエピソードを紹介する。よく、中国人観光客が「爆買い」するというニュースを聞いた(過去の話しか)が、未亡人になった母を、山陽が自分の住んでいる京へ招待するのだが、この時に、母が欲しいものを、買って買って買いまくる。今でいえば「爆買い」なのがとても面白かった。見延典子氏はどうやら、この母を小説にした作品があるらしいが、もちろん読んだことはない。興味があれば、読んでみると面白いかもしれない。

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