塩谷岬、帰還困難地域 福と復の花旅⑫

 南相馬市の南には、原発のある双葉町なのだが、ここに入る地点には、多くの警戒する警官が見張っていたので、異様な感じがした。左右の道路は、帰還困難地域なので全て封鎖されていた。昔は田畑だった地形の場所は、ほとんど枯れた荒野のような雰囲気になっていた。5年間の年月を痛切に感じた。さらに、大熊町に入るとすぐに福島第一原発の標識があった。皮肉な話なのだが、山野のような所は、山桜がやや盛りを過ぎていたのだが、新緑が微妙なオレンジ色のグラデーションになっていて、感動するような美しさだった。次の富岡町には、第二原発の標識があった。国道の左右が住宅地を通過する部分で、進入禁止のゲートが、一軒ごとに立て続けに立っていて、この風景も異様だった。富岡には、夜の森という、桜の名所があるのだが、当然ながら、道路は封鎖されていたのが虚しかった。次の楢葉町になって、再び、生活のできる地区に戻ったのだが、処理された黒い袋の仮置き場は、人が戻る勇気を、阻止しているような気がして、気の毒だった。途中に、菜の花プロジェクトが、わずかな希望を与えていて、少しだけほっとした。
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 楢葉町の道の駅は、休業中で、トイレだけ使える、という表示だった。我々は、コンビニの方で、休憩することができた。コンビニは、賑わっているのだが、全員が、作業服を着た、仕事の人ばかりだった。次が、楢葉町はJビレッジのあるところだが、まだ見学をするような状態ではないのが、残念だった。
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すぐに、広野町へ入った。このあたりに来ると、太平洋が間近な場所なのだが、防潮堤の工事で、海はほとんど見ることはできなかった。いよいよいわき市に入った。いわき市と言えば、震災地のイメージよりも、震災をサポートしている市、というイメージだったのだが、実際に来てみると、海岸地方は、同じような被災地だった。よつくら港という道の駅で、休憩をしたり、買いボラの第4弾をした。駐車場は、なぜか車が一杯だった。ここから、ハワイアンリゾートのホテルへ直行しても良かったのだが、前から行きたかった塩屋崎へ向かった。途中は、新舞子海岸という松原の立派な景勝地だったが、海岸に、無粋な防潮堤が造られていた。人家のある所なら、ある程度の設備も必要だとは思うが、何もなく、荒野のような場所に防潮堤を張り巡らしている風情は、よそ者から見れば、微妙な感情だった。塩屋崎に近づくと、道路がめちゃくちゃで、ダートの仮道路を走ったが、何とか、灯台の駐車場へ着くことができた(12:00)。ここから、急な階段を登ると、灯台見学の受付があり、一人200円也を払って、見学をした。
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ここから、さらに100段ぐらいの螺旋階段を登って、太平洋や付近の景色を見た
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が、風が猛烈に強かったので、早々に退却した。ここには、記念のピンバッジがあったので、よろこんでゲットした。階段の下には、喜びも悲しみも幾歳月の記念碑
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があり、広場には、美空ひばりの「乱れ髪」の記念碑もあり、「塩屋の御崎…」の曲を聴くことができた。
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ここから、30分弱で、ハワイアンリゾートのホテル(モノリスタワー)に着いた。14:30なので、普通の感覚ならば早い時刻なのだが、ここはリゾートの場所なので、やや遅い到着だった。一息ついてから、お風呂に入り、食事をしたのだが、ハワイアンビュッフェの食事は、気が利いていて、とても美味しかった。ここのビジターウェアは、アロハとムームーで、これを着ていれば、施設にも入ることができるそうである。もともと、ここに予約したのは、震災の復興で頑張ったフラガールのお姉さんたちを励ますのが目的で来たのだが、そんな事とは関係なしに、ハワイアンのショーは賑やかで、楽しいショーだった。
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夜、NHKを見ていたら、熊本で震度7の直下型の地震があり、心配しながら眠りについた。

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