石岡の看板建築、水戸城 ひよっこ47番目茨城浜街道②

 石岡の名物は、看板建築という、不思議に感覚の建物群である。モルタル木造2階建ての建築で、ファサードに特徴がある。擬洋風というべき建物なのだが、ざっくりと言えばレトロという表現が、しっくりするような感じの、建物群である。
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平松理容室とか、すがや化粧品店など、いろいろみたが、驚くことに、まだ現役のお店だった。ただ、残念なことに、ほとんどのお店は、木曜定休だった。もともと目標にしていた、喫茶店「四季」は、営業中との、看板が出ていたものの、ほとんど、寝ぼけ状態だった。昔渋谷で店をやっていた、というシニアの女性マスターが、何とか対応してくれた。もともと貸店舗だった建物を、先代の父が寿司屋に改造して、さらに現在はカフェ、として営業している、とのお話だった。昭和4年の大火後に、当時流行の建築が建てられた、とのお話だった。住むのには、文化財なので、大変だ、と話されていた。おもてなしとして、最初は、おせんべいが出され、次にお茶が出された。そして、ようやく、渋谷仕込のコーヒーが出たのだが、味よりも、値段の安さに、びっくりしてしまった。個人的には、アメリカン風で、とても美味しかった。結局、石岡の街探訪は、9:40ごろにから2時間ばかり、楽しむことができた。ここから、水戸までは、6号線をひたすら走ったのだが、まあまあ快適なドライブだった。ナビは、100名城のスタンプのある、弘道館へセットした。何とか、駐車場に車を滑り込ませて(12:40)、入場券をたのんだら、嬉しいことに、タダだった。弘道館は、全国に数ある藩校の中でも、最大の規模を誇る建物で、庭は、今が盛りの梅が咲いていた。
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日本遺産にも指定されたそうで、大日本史の書物の山が、積み上げられていたが、天皇大友という巻があり、義経の巻があるのが、興味深かった。中には、吉田松陰の右肩上がりの書や、優しい感じの慶喜の書などもあって、面白かった。庭の梅林も立派で、特にサンショウの黄色い花もコラボで、咲き競っていた。最後に、幕末の戊辰戦争で被爆した砲弾の痕
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を見学した。梅はすっかり堪能したので、偕楽園はパスしたのだが、水戸城そのものを見学することにした。弘道館は三の丸にあり、大手橋を渡ると二の丸に至る。三の丸には、展示館の他に、少、中、高の三つもの学校が併存していて、規模の広さに驚かされた。少し前には、ブラタモリで紹介していたのだが、本丸と二の丸の間の堀に鉄道が走っていた。城内はとても広く、複数の学校が存在していたが、本丸の水戸第一高等学校にある、薬医門を見学してきた。
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水戸城に残る唯一の江戸建築なので、価値あるものだが、何だか場違いのような感じで建っていた。時刻が13:30を過ぎていたので、予定の6号国道ではなく、常磐道を北上して、北茨城ICで下り、二つ島のホテルに着いたのは、チェックイン時刻の少し前だった。部屋の眼前には、名勝の二つ島が、どっしりと見えていて、絶景だった。早速、屋上の展望露天風呂に入ったが、風が強くて、早々に部屋に戻った、夕食は、1階にある割烹喜平の鮟鱇尽くしの料理で、鮟肝豆腐に始まって、メインの鮟鱇鍋はもちろんのこと、唐揚げなど、どれも美味しくて、またまた、このシーズンに来てみたくなった。茨城のグルメランキングは、1位鮟鱇鍋、2位納豆というのだが、それ以外には、目新しさがないので、茨城不人気の理由かもしれない。横道にそれたが、鮟鱇以外のお造りなども、本当に美味しくて満足した。

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