世界の七不思議 華麗なるギリシャ紀行④

 若い頃に、世界七不思議の大ファンだった。一般的な、世界の七不思議は、①ギザのピラミッド、②バビロンの空中庭園、③エフェソスのアルテミス神殿、④オリンピアのゼウス像、⑤ハルカナッソスのマウソロス霊廟、⑥ロードス島の巨像、⑦アレクサンドリアの大灯台の7つである。2000年のギリシャ旅行で、⑥の巨像こそ願いが叶ったものの④は、叶わなかった。それからは、七不思議は頭からすっかり抜け落ちていた。それが、17年ぶりに、復活した、という訳だった。七不思議は、イラクにある②、トルコにある⑤を除いて「見た」ということになり、嬉しくなった。ちなみに、ゼウス像
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は、コンスタンチヌス帝が、コンスタンチノープルに運んで、後に焼失した、とのガイドの説明だった。オリンピア遺跡近くのレストランで、昼食をとった。メインは、ギリシャ風ロールキャベツだが、本物は、葡萄の葉っぱで包む料理だと思った。午後は、デルフィまでの、ロングドライブに向かった(13:15)。途中で、コリント湾を横切る橋(リオン・アンティリオン橋)に期待していたのだが、橋の手前で、大きな都市の側を走った。この都市は、アテネ、テッサロキアに次ぐ、ギリシャで、3番目に人口の多いパトラという都市だった。パトラまでは、アテネから、コリントス湾の南岸沿いに高速が通じていて、我々は、そのほんのさわりの部分を走った。橋は、予想以上に良かった。
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橋は、瀬戸大橋にも採用されている、斜張橋で、三角形の面白い造形をしていた。そして、コリント湾そのものの景色も、オリーブの林と、オレンジの屋根と、糸杉の濃い緑の造形などが、とても素晴らしかった。
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途中(15:45)コリントス湾の見えるレストランで、休憩した。コリント湾の向こうには、白銀を被ったような山が見えていたが、ガイドの丹波さんによると、石灰岩の白さだろう、との解釈だった。やがて、正面にも、白い山が見えてきた
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が、こちらは本物の雪で、スキーリゾートもある、との説明だった。この山こそ聖山(パルナッソス)で、山腹には、密集した集落が見えてきた。要するに、この聖山の門前町として発達したのが、デルフィの街だった。海岸には、ボーキサイトの鉱山という、日本にはあまりない鉱山があった。またデルフィの下には、小さな港町(イテア)があり、一帯は、小さな平原になっていて、一面がオリーブ林になっていた。2000年に、デルフィに来た時には、デルフィは山の中、とばかり思っていたのだが、実際には、海にも近く、むしろ海の方から、デルフィに参る方が、正しい参詣路になるような気がした。そういうわけで、その参詣路を、一登りしたところに、アマリアホテルがあった。到着は、17:10だった。サマータイムのギリシャでは、まだまだ明るいので、夕食までのフリータイムを、デルフィの街を散歩した。
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感じとしては、くたびれた観光地のイメージだったが、唯一、聖山への登り口と思える階段
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だけは、雰囲気があって、とても良かった。デルフィ遺跡のピンバッジをゲットした他には、あまり収穫はなかった。ギリシャは、綿花もオリリーブオイル以上に、重要な農作物とかで、コットンのTシャツを探したが、サイズ的に、チルドレンといわれてしまった。そういえば、この日は、日本の子どもの日だった。正直な話をすると、古代には、芸術の花を咲かせたギリシャ民族だが、今のところ、Tシャツに関する限り、あまりセンスの良い品物が見つからないので、そのDNDは、どこへ行ったのだろうと思った。(最終日に、やっとTシャツをゲットした。)
 5月6日(四日目・土) 天気は、乾季に入っているらしく、快晴だが、朝のうちは、なかなか涼しかった。予定は、昨日と同じく、7:00に荷物を出してから、食事へ行った。フロントからの景色が、コリントス湾が見えて、絶景だったので、スケッチをした。バスに乗ったら、直ぐに、デルフィの遺跡見学に向かった。

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