メテオラからサントリニへ 華麗なるギリシャ紀行⑧

 日本とギリシャの共通点は、山国島国(ギリシャは半島)であることだろうか。アテネからメテオラへは、東京から善光寺へ参る感じかと思う。いくつもの峠を越えて行かなくてはならない。
画像
昨日は、峠を3つ越えたのだが、昼食は、メテオラからみて、最初の峠を越えた場所だった(12:45)。ここは、メインを自分でチョイスするシステムで、プレートに乗るだけは、乗っけてくれた。イチジクやギリシャのお菓子をいくつか見繕って、購入した。食後に、もう一つ峠を越して、降りたところで、休憩した(昨日と同じラミア近郊のDI)。ここから、海沿いに高速を走った。
画像
途中で、テーバイという標識があった。何でも、オイデプスの悲劇の舞台となった街で、ギリシャのポリスの歴史では、アテネとスパルタの次に繁栄したテーベという都市である。古代からの都市が、今でも続いているのは、すごいな、と思った。もう一回、アテネ郊外のドライブイン(DI)で休憩して、ピスタチオのアイスクリームを食べた。この時、外が物凄い風で、何か不幸なことが起こらなければ良いな、と密かに心配した。バスは無事にアテネ空港
画像
に到着して、フライトの手続きをしたところまでは、順調だった。ゲートインの時刻になって、現地サントリーニ島の天候不順で、見合わせになった。一度は、バスに乗って、飛行機に着席したものの、結局はミステークということで、フライトは、キャンセルになってしまった。ここからが、大騒動だった。次の航空便を手配して、夜のホテルを手配すれば、それまでの話だが、ほとんど、パニック状態だった。何とか、ホテルには入ったのだが、ホテルのロビーで、長時間、立ったまま待たされて、疲れがどっと出てしまった。このどさくさの最中に、テレビの中継をやっていたのだが、フランス大統領選の、決選投票で、EC残留派中道のマクロン氏が、ダブルスコアで、圧勝したニュース
画像
で、トリコロールが振られていた。ニュースを見ていたみんなが一堂にほっとした感じだった。夜の11時台に、特別なサパーをいただいて、早々に寝た。ホテルが、空港の真ん前の、五つ星ソフィテルアテネホテルだったのが、せめてもの幸いだった。よって、紀行文の題名を、「華麗なるギリシャ紀行」から、「華麗なる照美苦楽舞ギリシャ紀行」に変更することにした。この時点で、天気は、毎日カンカン照りで、景色が美しく、旅が楽しかったからである。しかし、この日は、本当に苦しかった。
 5月8日(六日目・月) サントリーニ島へ渡っているはずが、まだアテネ空港だった。アーリーモーニングというものを5時前にはいただき、早々に空港に向かった。前日は、風速12mだったのに、この日は4mとかで、フラッグもだらりとしていたので、期待して乗り込んだ。前日のエーゲ海航空と違って、オリンピア航空のチケットだったが、クルーそのものは、エーゲ海航空だった。テイクオフまでは時間がかかったが、45分のフライトだったので、福岡~五島便のような感覚だった。
画像
何とか無事に、サントリーニ島の空港に着いたのだが、空がどんよりしていたのが残念だった。サントリーニ島は、一般的には、火山島ということになっているのだが、正しくは、基盤そのものは、火山ではないそうで、三日月の外側にある空港は、思ったよりも、平地だった。バスは、丘のような感じの道を駆け上り、フィラの街をちょっぴり通過して、サントリーニパレスホヘテルに着いた(11:00)。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

ナイス ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック