ペルシャの古都 ペルセポリス イラン歴史の旅 ペルシャ秋游 ⑩

 シラーズから1時間強で、ペルセポリスの駐車場に着いた。この辺りは、松林が繁っていて、前方には、颯爽とクセルクセス門が遠くから見えていた。
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松風が ペルセポリスに 吹き抜ける』(亜歴山も見たぞ 万国の門)
ゲートをくぐると、更地があるのだが、ここでイラン建国2500年の記念式典を、パーレビ1世の時代にやった(1971)らしい。
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階段を登ると、その階段そのものも、岩を削った遺跡だった。上は、本でよく紹介される、クセルクセス門(万国の門)
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だが、ほとんど馬のような牡牛は、実に堂々としていて、圧倒される思いがした。
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ここには、碑文が書かれていて、それが、何よりも貴重であるらしい。偶像禁止のイスラム教徒が、顔を破壊したらしいかが、人面ならともかく、獣の顔を削るというのは、コーランにも載っていない愚行だと思った。ちなみに、亜歴山が、ここを焼いたのは、事実だが、焼いたのはレバノン杉でできていた天井だけらしく、本格的なデストロイヤーは、イスラムだったよし。反対側の人面有翼獣神像の方が、保存も良く、遠目には迫力があった。
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儀式兵の通路をそのまま進むと、イラン航空のシンボルマークにもなっている空飛ぶ有翼獣(鷲頭獅子体のグリフィン)がひょっこり見えていた。
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間に梁を通した柱頭らしい。未完の門には、建築の行程のような部分があり、まずは、工人がクレーン(人類最古のクレーン)を使って、石を積み上げて、その後は、職人が彫刻をする、という順序が分かるようになっていた。
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エジプトもそうだが、はるか紀元前の古代に、あのような巨大建造物が出来たのは、本当に驚異的であると思う。「百柱の間」
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というのは、柱はほとんど無いので、ガラーンとしているが、門に残るレリーフは本当に素晴らしかった。特に、下半身は、埋まっていたので、保存状態がぞくぞくするほど良かった。レリーフは、光線の具合で、写真写りが難しいが、斜めから射すのが一番に良さそうである。
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柱の上の、「玉座の王様」や、「悪魔と王の闘争像」のレリーフも良いが、「翼ある日輪」で表された、ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダが一番良かった。
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この先には、亜歴山(アレキサンダー)が膨大な量(ラクダ1万頭の説もある)の財宝を持ち帰った、「宝庫」があるのだが、こちらは、眺めただけだった。この遺跡の、メインイベントと言っても良いようなものが、謁見の間(アバダーナ)東階段のレリーフである。南向きの階段には、王に贈り物を献上する属国の使者の様子が、糸杉のレリーフに挟まって、23か国も表現されていた。アケメネス朝は、メディアをやっつけて、政権を握ったのだが、ディバ氏の説明だと、メディアの最後の王様が、独裁者でかつ悪者で、人気が無く、女婿のキュロスを担いで、クーデターを起こしたような、話しぶりだった。使者1がメディア、
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使者2が、ペルシャ(エラム)
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の順が面白いと思った。使者の中では、アルメニアの壺、
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リディアの駱駝、
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アッシリアの羊、
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スキタイの馬、
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イオニアの布、
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インドの牛
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が目についたが、最後がリビアで、いかにもアフリカ系の天パーの人たちが、象牙を担いで、行進していた。
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西側に、有名な牡牛を襲うライオンのレリーフがあり、俗説では、牡牛がメディア、獅子がペルシャというのだが、ディバ氏によれば、それは俗説で、真相は牡牛座から獅子座にかわる、春分を表している、とのことだった。
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この後、中央神殿の脇を通り、クセルクセス宮殿前でディバ氏の説明が終わった。後は、ツアーのウリの一つである、1時間の、フリータイムになった。遺跡を見下ろすような位置に、王様の墓が見えているのだが、ほとんどの人は、ディバ氏に連れられて、その中の、アルタクセルクセス2世の墓まで登り、そこから遺跡を俯瞰して、眺望を楽しんだ。この丘は、慈悲の山と言われていて、ちょうど、中国の風水のように、この丘の麓に、ペルセポリス(ギリシャの言い方でペルシャ人の都の意味、イランでは、タフデ・ジャムシード)を造った。王の墓
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は、ペトラのものに、感じが似ていた。我々は、墓の横をもう一登りして、ちょっぴり高いところから、遺跡全体を眺め、スケッチをした。
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レリーフの反対側(東側)が気になったので、行ってみたら、メディア人とペルシャ人の高官が交互に描かれていて、こちらもそれなりに面白かった。
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上の段に上がっていなかったので、上がってみると、さらに別の宮殿が見えていた。一つが、タチャラ(ダイオレス1世の宮殿)もう一つが、ハディーシュ(クセルクセス1世の宮殿)というもので、似たような感じだったので、駆け足で見学してきた。
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ここから、集合時間が気になったので、戻ったのだが、アバダーナの柱の巨大さに、改めて驚かされた。
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ペルセポリスの謎といえば、放火の謎である。ディバ氏説では、宝庫で宴会をして、亜歴山(アレキサンダー)の彼女(ディバ氏説だと自由の女神だが、一般にはギリシャ系の遊女タイス)に唆されて火を放った、とのことだが、面白くはあるが、確信犯というのが、正しいのではないだろうか。理由は、アテネ焼き討ちのリベンジ、とされている。繰り返しになるが、彼が焼いたのは、天井だけで、徹底的に破壊したのは、イスラムだ。
戯言に 燃えて哀れな 春の宮』(ペルセポリスは 儀式の都)

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