晋作も歩いた萩城下 ぐるっと長州 秋游⑧

 日本100名城スタンプのゲットで、この日の最低最悪のミッションは終わったのだが、もう一つ、達成したい、ミッションがあった。萩の城下町に、萩博物館があったので、そちらの駐車場にナビをセットした。
もう一つのミッションは、司馬遼太郎の、21世紀に残したい風景、菊屋家付近の景観をぜひ見たかった、ことである。
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菊屋家まで行くと、見学が可能、というので、お願いした。これは、結果的に、大成功だった。一つは、霜月は雪舟のイベントを、菊屋家でもやっていたのである。破墨法という手法で、抽象画のような、風景画を拝見することが出来た。菊屋家は、萩藩の、御用商人で、今でいえば、藩御用達の総合商社だったとのことだった。最初の部屋は、藩の迎賓館だったそうで、幕府の役人を藩主が接待する場合などに、使われたとのことだった。
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籠置きの石など、とても巨大で、そんな左脳的なことを別にしても、とても素晴らしい部屋と庭の景色のセットだった。他にも、素晴らしいものをたくさん見学したが、例えば、丸山応挙の画(滝の画だった)がさりげなくあったり、この期間限定で見学出来た庭園には、観たこともないような、盆栽型の巨大な松があったり、素晴らしかった。
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もう一つ、伊藤博文が、イギリス土産として買ってきた、大きな柱時計が、今でも現役で、時刻を知らせていて、ボンボンボンという音色が、感動的だった。
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この一角は、世界遺産に登録されているのだが、そんなことにはあまり興味がなく、次に、高杉晋作の生家を見学した。
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部屋には、上がらないで、外からの見学だったが、実家で見る、晋作の手紙などは、興味深かった。屋敷内には、産湯に使った井戸などもあった。
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晋作広場で、晋作(像)に会った後、異人館みたいなカフェがあったので、ランチにした。ついでに、名物のコーヒーぜんざいをいただいた。
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晋作がらみで、もう一つ円政寺を見学した。
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神仏分離されていない、不思議な寺社だった。説明をしてくれた住職が、物凄い熱弁で説明してくれた。ちなみに、晋作ゆかりの天狗面は、金毘羅社の上の方に鼻を下に飾られていた。
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ここには、不思議なモノが多く、5mの石灯籠があり、これは、名探偵コナンにも登場したらしい。脚がくるくる動く、免振の構造になっている、との自慢の話しだった。ここには、お忍びで、当の宰相夫妻や、ケネディー駐日大使夫妻の見学の様子を、面白おかしく、説明してくれた。ここは、世界遺産になって、無理矢理夏みかんを植えさせられ、自分では、採ってはいけない、という裏話をしていた。ここは、世界的にも珍しい、偉人を輩出した地区だが、残念ながら、現在は、小学生は、2人しかいない、とも嘆いていた。最後に、御朱印の「押し売り」をされた。本人が話すには、本にも紹介されている、立派な朱印とのことだった。最後に、木戸孝允の生家を見学した。
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こちらは、靴を脱いで、部屋を拝観したのだが、庭にある、松の幹があまりにも巨大で、びっくりした。
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少年小五郎時代の書が、達筆で凄かった。
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ここ見学ができるようになったのは、平成8年かららしいのだが、250年経った家、とのことだった。大昔、ここの門前まで見学に来たことを、懐かしく思い出した。萩には、他にも、名所旧跡は多いが、松下村塾は、世界遺産ではあるが、2度も観ていたので、今回はパスした。駐車場に戻ったら、ホテルへのチェックインに、まだ余裕があったので、萩博物館を簡単に、見学した。「長州5」という特別展をやっていた。長州藩は、まだ、海外渡航が禁止の時代に、伊藤博文を含む5人を、イギリスに密航させたのだが、その目的は「生きた器械」を作るためだったらしい。長州に来て、いろいろなことを考えさせられたが、この言葉は、かなり強烈で、長州の左脳的な考えが、如実に表れていて、明治維新を成功させた、エネルギーを深く考えさせられた。

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