東地中海(レバノン・キプロス)物語紀行① プロローグ

東地中海(レバノン・キプロス)物語紀行
 平成の最後に、東地中海、いわゆるレバント地方を旅することになった。今回に関しては、超の付く目玉はないのだが、二人のギリシャ神話の美女が表紙の主人公だろうか。一人は、ヨーロッパの語源とされているエウロペ、もう一人は、愛の女神とされているビーナスことアフロディーテである。エウロペは、テュロスの王女として生まれたのだが、ゼウスが彼女に恋をして、白い牡牛に変身して近づき、略奪して、クレタ島に連れて行った、とされている。BC1000年代のクレタ島は、ヨーロッパの中心で、西からはイギリス(ブリテン島)の錫、東からはキプロス島の銅を調達して、青銅器を作り、地中海交易の中心として栄えたらしい。当然のこと、レバント地方(東地中海地方、レバノンなど)とも関係が深く、このような神話が成立したとしても、不思議ではない。一方の、アフロディーテの方は、ややおどろおどろしい内容から生まれた泡が、西風に乗ってキプロスの西海岸パフォスの浜に流れ着いて、アフロディーテが生まれたとされている(かのボッティチェリの名画を見よ)。神話は、夢のある話だが、超現実的ダーティーな話としては、現在進行形で「日産ゴーン疑惑」が進行中である。19世紀の後半に、レバノンにおいては、オスマン・トルコ(歴史的には、イスラム勢力、最後の盟主として、ヨーロッパを震撼させた国)によって、キリスト教マロン派(ヨーロッパキリスト教とは分離した、東方キリスト教の一派だが、十字軍以降、カトリックとの関係を維持している、レバノンでは、比較的多いキリスト教の一派)に対する弾圧が激しくなり、多くのレバノン人が、欧州や南米に移住した。ゴーン氏の祖父も、13歳でブラジルに移住したらしいので、おそらくは、その流れの中にいたのだろう。彼(カルロス)自身は、6歳の時に母国レバノンに戻り、高等教育は、歴史的に、関係の深いフランスで学び、この国で、功を成したので、彼は、ブラジル、レバノン、フランスの三重国籍の人物であるらしい。というわけで、彼が、見えない影の「裏主人公」かもしれない。
 旅をして、どこが一番に良かったですか、という質問は、陳腐過ぎて、答えに困る。マチュピチュでは、感動で涙が止まらなかったが、個人的に、ここに比肩すべきところが、ロードス島のリンドスという、古代と中世の複合遺跡かな、と考えてはいる。ロードス島は、塩野七生三部作の第二作「ロードス島攻防記」にあこがれて、旅をした。三部作の最後は、「レパントの海戦」だった。(余計なことながら、第一作は「コンスタンティノープルの陥落」)ヨーロッパの、キリスト教連合艦隊が、破竹の勢いだった、オスマンの勢いを「ストップ」させたことは、理解できたのだが、この詳しい背景は、七生氏の「ローマ亡き後の地中海世界」を読んで、初めて知った。16世紀の中ほどまで、キプロス島は、ベネチアが殖産興業をして、豊かな島にしていた。ここの特産物のワインを欲した、オスマンのスルタンが、この島を欲して、総力をあげて攻撃し、奪取した。本来は、この島の救援に向かうはずの、キリスト教連合艦隊が、オスマン艦隊を撃破して、制海権は奪ったのだが、島の回復はできなかった、というのが、真相になる。オスマンのスルタンが、大軍を擁して奪取した「キプロスワイン」とは、どのような味がするのか、味わってみたいものである。
春の旅 酒と女と やばい奴』(本場のレバント 令和うきうき)

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