カディーシャ渓谷 東地中海(レバノン・キプロス)物語③

三日目(4月16日) ホテルの前は、絶景だったのだが、それよりも、何よりも、パリの、ノートルダム寺院火災崩壊のニュースを聞いて、びっくり仰天した。お隣の、イスラエルの旅行で、東日本大震災の「悲報」に接したが、フランス人の気持ちをおもんばかると、気の毒になってしまう。この日の観光は、ここから、更に、標高を500m上げた地点にある、世界遺産の「レバノン杉保護区」観光に行った。まだ、雪が残っていて、保護区そのものには入れなかったのだが、十分に堪能できた。ここには、寿命が6000年という、縄文杉もびっくり、というレバノン杉があり、その迫力は『半端なく』凄く、ジーンと胸に来る感動だった。
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レバノン杉は、オスマン時代から保護されたそうで、保護の石垣が、雪と共に、風景にアクセントを与えていた。
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国旗に描かれているレバノン杉というものあり、やや、枝が枯れてシンメトリーではなくなっていたが、やはり、風格があった。
『すっくりと レバノン杉は 雪の上』(六千年の 年を重ねて)
「レバノン杉保護区」は、レバノン内戦で、国内避難した人たちが、そのまま住み着いて、お土産屋などをやっていたのだが、レバノン杉の植樹もしているそうで、道路の側にも、若いレバノン杉が生えていた。ここでは、レバノン杉の、マグネットを一つゲットした。保護地区からは、ひたすらカディーシャ渓谷を下りた(一度、写真ストップ)
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のだが、途中は、全く、濃い霧の中だった。やがて、雲の下になり、小さな渓谷の細道を走ったところに、聖アントニオス修道院があった
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(5世紀ごろに修道士が住み込み、12世紀にマロン派修道院になった)。聖アントニオスは、エジプトの聖人で、彼の弟子が拓いた修道院とかで、最盛期には、何千人もいたらしい修道士たちも、現在は、何とか二桁を維持するぐらいの数との話だった。最初の見学は、狂人の洞窟、というもので、「狂い人」も、この洞窟で修行すれば、完治するといわれている修業の場で、不思議な雰囲気の場所だった。
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次が、洞窟教会なのだが、半分ぐらいが洞窟で、半分は建物、という珍しい構造で、マロン派のイコンなどが飾られていた。
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外観は、オスマン様式の影響が濃く、オスマン時代のマロン派が、弾圧一辺倒ではなかった証拠のような建築物だったのが、興味深かった。
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マロン派は、十字軍時代には、十字軍と協力して、エルサレム陥落に協力したりしたので、ローマカトリックとの関係が深くなり、中世には、ローマにマロン派の支部があり、ルネサンスの巨匠たちの影響も受けた人が、イコンを描いたのだ、というのが、マロン派ガイドの、Мさんの力説だった。個人的には、最後に見学したミュージアムに、シリア文字(見た目には、アラビア文字と同じ)
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で書かれた聖書が珍しく、十字軍時代に、聖王ルイ9世から贈られた「遺物」があり、十字軍との関係の方が、興味深かった。
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他にも、フランス関係のものが多かった。ひょっとして、ここで一番に感動したのは、野生のシクラメンだった。
シクラメン 修道士たちも ひっそりと』(十字軍時代は 表舞台も)
シクラメンは、最初、「狂人の窟」の出口の側の岩陰に、ひっそりと咲いていたのだが、帰りに見ると、駐車場のあたりの岩の窪みに、ピンク色の花が、可憐に咲き誇っていて、なかなかの感動ものだった。野生のシクラメンは、お隣の、イスラエルでも見たのだが、この時には、「ある」ことを前提に、苦労してハイキングをしたのだが、こちらは、苦労をしないで見ることが出来、さりげなく咲いていたのが、素敵だった。
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