東地中海(レバノン・キプロス)物語⑮

九日目(4月22日) 朝のビッグニュースは、スリランカのテロだった。詳細は不明だが、多数の死者が出たらしい。それはそれとして、この日も、天気は良く、心地よかった。この日は、実質の最終日で、夜はラルナカ空港から、ドバイ便に乗るのだが、観光が、ラルナカ周辺なので、出発が9:30と遅いので、今回のツアーで、初めて、「朝散歩」を楽しんだ。ホテル前の道を、左の方にそぞろ歩いていくと、「to beach」という矢印があったのだが、道路の方向と、矢印の方向とがずれていたので、地元の女性に、「to beach?」と聞いたら、教えてくれた。15分ほどで、海岸に出た。
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特別に、見るべきものもなかったのだが、地元の、漁師さんらしい、おじいちゃんがいので「with picture ОK」と聞いたら、快諾してくれたので、肩を組んで、交流をしてきた。というわけで、ほくほくして、ホテルに戻った。この日のバスも、途中で、海岸に立ち寄ってくれたので、観光ビーチの一角を、拝見した。沖合に、天然ガスの、試みの井戸があるのが、ちょっと、景色に、アクセントを付けていた。最初の見学は、キティオン古代遺跡、というものだった。団地や住宅街に囲まれた、ただの広っぱみたいなものだが、そこに、発掘した、古代遺跡が眠っていた。今回の旅では、たくさん「古代遺跡」を見たので、もう満腹かと思ったが、そうでもなかった。
キティオン古代遺跡は、およそは、3つの遺跡が重なり、一つは、BC13世紀の、城壁の跡、二つ目は、BC12世紀の銅の精錬所の跡だった。城壁は、ただの石垣だが、精錬所は、ちょっと珍しいもので、当時は、神殿のような意味あいもあったようで、牛の造形が、当時のまま、遺跡の中にあった。もともとは、古代の牛は、神聖なものだったので、精錬した銅も、牛の皮の形を模したものになっていた、との説明だった。
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この遺跡は、アカイア人のもの、とも説明していた。9世紀の女神の神殿跡もあった。この時期に、キプロスの地に植民した、フェニキア人が、ギリシャ人の影響で、神殿を建てたもので、お得意の、レバノン杉を石のほぞ穴に建てたもので、当時の石のほぞ穴が、明確な形で、残されていた。
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塩野七生氏の感想では、中東の地に、濃厚な建築物を残したのは、どちらも、ヨーロッパ系のローマ人と、十字軍だ、との説だが、木造建築であれば、濃厚な建築物にはならないので、仕方がないのだろう。自分的には、このほぞ穴には、ジーンとくる感動があった。自分の愚説では、キプロスによる、フェニキア人と、ギリシャ人との交流から、ギリシャ人がアルファベットを学んだのではないか、という仮説を立てていたので、この遺跡は、この事実を、補強しそうなので、嬉しくなった。周りの住宅地には、どの家にも、日本ならば、団地の屋上にある水タンクが、常備されていて、何でも、太陽熱で温めてから、使用するシステムになっている、との説明だった。午前中、もう一つ、博物館を見学した。個人のコレクションを、邸宅の一部を使って、公開しているものなのだが、事前の情報とは異なって、撮影が「可」だったので、ラッキーだった。個人のコレクションなので、比較的、小さなもののコレクションが多かったが、公立の考古博物館にも、引けを取らない、充実したものだった。ここでの、一番の傑作は、「笑う男」
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とでもいうのだろうか、先史時代の、比較的大きな土偶だが、当考古学博物館の、スターの扱いだった。他にも、ローマングラスや、ギリシャの陶器などもきれいなものが多かった。考古学ではないが、レースの刺繍で、ベッドカバーがあり、制作に、1年を要した、とのことだった。
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もう一つ、思わぬ収穫があった。とある女性の、肖像画なのだが、ベネチアの生まれにして、最後の「キプロス王国」の女王様(カテリーナ)の肖像画で、聴いた瞬間、思わず歓声を上げてしまった。
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一回り見学を終えて、受付まで来ると、大柄の青年がいて、Hさんの話しでは、当主のお孫さん、との紹介だったので、我々夫婦が、記念写真を所望した。もちろん、喜んでОKしてくれたのだが、ここからが、大騒ぎだった。というのも、Hさんが、「一番のお気に入りは」、と聞いたら、例の「笑う男」ということで、大いに盛り上がり、他の女性たちも、記念写真を申し込んだからだ。すっかり気をよくした「お孫」さんは、二階のプライベートな部分も「見ていいよ」という、許可が下りた。
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立ち入り禁止の、ロープを外して2階へ上がった。2階の部分も、きれいにコレクションがあったのだが、プライベートな礼拝室があり、小さいながらも、荘厳な感じで、とても素敵だった。外には、ベランダがあり、外の景色も良かった
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のだが、そこの部屋が、応接室らしく、数多くのVIPの写真が飾られていて、びっくり仰天だった。ちなみに、その部屋の応接セットは、イランのパーレビ国王から贈られたものとのことで、この家の格式の高さが、半端でないことを知らされた。
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通常は非公開の2階の見学が終わって、1階に戻ったら、めちゃくちゃ気品のある、素敵なおじいちゃまがいらっしゃった。おまけに、我々下々の人々にも、気楽に、ハグしたり、握手を(ふわふわの手で)して下さり、自分も、すっかり(天皇陛下に握手してもらったぐらい)感激して、舞い上がってしまった。もちろん、当家6代目の当主その方だった。記念写真まで、皆で撮らせていただいて、皆、ほくほくして、美術館を後にした。もともとは、ラルナカ考古学博物館が閉鎖のための代替での見学だったのだが、9回の裏に、逆転満塁ホームランを打ったような感じだった。この後、海辺のレストランで、2度目のシーフード料理を食べた。フライが主だが、レモンをかけると、美味しかった。バスに戻る途中、漁師のたまり場があり、レストランの魚を獲ってきた、とのシャイな話をしていた。

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