ラルナカ 東地中海(レバノン・キプロス)物語⑯

この後、海辺のレストランで、2度目のシーフード料理を食べた。フライが主だが、レモンをかけると、美味しかった。バスに戻る途中、漁師のたまり場があり、レストランの魚を獲ってきた、とのシャイな話をしていた。午後の観光は、ラザロ教会だった。イエスのマリア・マルタ姉妹の話しは、有名で、フェルメールも描いて(上野の西洋美術館にある)いる。ラザロは姉妹の弟で、死んだのだが、イエスが、「ラザロよ、起きなさい」と、復活させた。復活したラザロは、パリサイ人からの弾圧を逃れ、たどり着いたのが、キプロス島だった。すでに、有名人(聖人)だったラザロに、この島最初の大主教になってもらった。彼の二度目の死後、埋葬された骨が、発見されて、コンスタンチノープルへ持っていかれた(進呈させられた)。後に、十字軍(第4回か)が、遺骨の半分を取り戻し、マルセイユに運んだもののうち、頭蓋骨が、キプロスに戻ってきて、「聖遺物」として、この教会に、保存されていた。この教会は、9世紀の教会で、かつては、イコン(壁画か)に覆われていたのだが、現在は、むき出しの状態になっていた。それでも、オーソドクス独特の、イコンの聖障壁は、重々しく、歴史を伝えてくれていた。
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見学の後は、30分のフリータイムだった。教会の外には、屋台のドライフルーツ屋さんがいて、珍しい緑色のドライフルーツを試食させてくれたので、一袋ゲットした。レモンのような柑橘類らしいのだが、なぜか、緑色をしていた。教会の前には、ボタニアという、ピンク(実はツートーンカラーの)花が、ジャカランダのように咲いていて、気分が良かった。
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復活の 春の花咲く ラザロ寺』(パウロも見たか キプロスの島)
ここから、海岸まで歩き、ベネチアの造った、ラルナカ城を見学した。こじんまりした城だが、ここをオスマン軍が、攻め取ったのかと思うと、今回の自分旅のミッションの一つであった、「のん兵衛スルタンのキプロス獲り」の現場の一つを見た訳で、感慨もひとしおだった。お城の後ろには、トルコ様式のモスクがあり、ついでに、見学させてもらった。門番のおじさんが、参拝をした我々に「サンキュー」を言ってくれたのが、印象的だった。本来は、我々の方が、感謝すべきなのだが、つくづく、感謝することは、良いことなんだ、という真理を悟った。簡素なモスクの中でムスリムが、敬虔なお祈りをしていた。モスクは、トルコ人が建てたものだが、現在は、出稼ぎの、イスラムのためのモスクとなっていた。いよいよ旅は、最終盤で、ラルナカの国際空港へ向かう途中の干潟に、フラミンゴが泳いでいた。そして、ガイドさんや、ドライバーさんたちと、お別れをして、ドバイ行きのフライトに乗り込んだ。帰りのフライトは、ぐっすりと寝ていたので、到着は早く感じた。

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