エストニア ムフ島 バルチック琥波句旅日記⑭

 七日目(10月7日) この日は、移動が長く、ホテルの出発は、7:00だった。DSC09631出発.JPG朝食の時に、日本のラグビーが3連勝、という話を聞いて、安心した。出発が早い割には、前夜はよく寝たのだが、バスに乗っても、しばらくは、寝ている時間が長かった。1時間半ほど走って、国境を越えて、エストニアに入った。DSC09638国境.JPG「エストニアは、頭が良い」、というのが、自分の考えだが、かつての国境越えの施設が、ちょっとしたミニモールになっていて、自分も、さっそく、絵葉書と切手、そしてピンバッジまで、購入した。余談だが、日本に帰って、翌日の新聞に、「PISA2015年調査の上位10か国」という記事が目についた。OECDが調査している、教育のレベルの調査なのだが、日本とエストニアは、3分野(科学的応用力・数学的応用力・読解力)において、好勝負をしていた。この記事によると、エストニアは、「新フィンランド」と紹介されていたが、エストニアにいる間には、あまりフィンランドの話は聞かなかった。さて、エストランドの地図を見る限り、バルト海に沿って、走っているはずだが、北上中は、一度だけ、松林越しにバルト海を見ただけで、ほとんどは、原生林か牧草地の中を走っていた。DSC09634牧野.JPG森林では、わずかに、白樺が、南の方より、目立つぐらいで、バルトの地は、どこを走っても、同じような景色だったと思った。そして、ひょっこり、ビルツという波止場に着き、すぐにフェリーへ乗り込んだ。前回は、下車しないフェリーだったが、今回は、下船式のフェリーで、バルト海の景色を楽しみながら、カプチーノで、コーヒーブレイクした。バルト海も、この辺りは海の色が黒っぽいのだが、黒海と同じ現象なのかもしれない、と思った。DSC09649バルト海.JPGフェリーを渡ったムフ島には、民族衣装のスカートをはいた、ガイドさんが待っていた。平坦なムフ島をしばらく走って、ムフ島のレストランへ向かった。食事前に、13世紀の古い教会を見学に行った。形が、すっきりした白い三角形が三つ重なったデザインが素敵だった。DSC09653古教会.JPG13世紀の頃は、キリスト教も現地の人には「敵」だったので、騎士(修道士)が逃げ込んで、戦えるように、要塞も兼ねた教会だった、という説明だった。この教会は、18世紀に、スウェーデンの人たちの寄付で、教会が、修復されたそうで、「幸福なスウェーデン時代」を具現化したような話で、何かほっこりした。
 『ムフ島や 白いチャペルに 秋日射し』(黒パンの香り 鈴生りの林檎)
ムフ島は、黄葉がきれいで、雰囲気も良かった。DSC09656紅葉.JPG途中に立派なリンゴの樹があったが、リンゴは、外来のものなので、昔は庭園に植えたものを、そのままにしている、ということだった。シーズンオフで、民芸の店は休みだったが、黒パンの工場があり、香ばしい匂いがした。昼食では、この黒パンが出て、美味しかったので、帰りにゲットしたら、なかなか重量感があった。

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